八章 君から貰ったモノ

八章 1話

 私、水野姫花は『恋』を知らなかった。


 中学生の頃の私は、学力は校内でも5本の指には入る程度にはよく、部活動には入っていなかったが、仲の良い友人が数人いて、休み時間は一緒にお昼ご飯を食べて、休日には一緒にお出かけもしたことがあった。


 私は、よく笑う女の子だった。


 友人と話している時も、文化祭や体育祭と言った学校の行事の時も、いつだって、楽しいと感じた時は、心の底から笑顔になった。

 だから、自然と人が集まってきて、私はクラスの中でも人気者のような存在になった。


 常に誰かが近くにいて、たわいもない会話をする。


 しかし、そんなどこにでもあるような幸せな学校生活は、ある時を境に徐々に崩壊していった。



 中学二年になり、少し経った頃、特に仲の良かった3人の友人のうち、一人の女の子に恋人ができた。


 相手は、同じクラスの男の子で、面白いことを言って、クラスを盛り上げる、ムードメーカー的な存在の生徒だった。


 前々からその男の子のことが好きだという話を聞いていて、私達はみんなで色々な案をだして、アシストをしていた。


 そのかいあって、見事に付き合うことができたのだ。


「ごめんね、今日は彼氏と帰るから」

「うん、分かった」


 それから、その子と関わる機会は、ほとんど無くなってしまった。


 それからしばらくして、もう一人の子にも、恋人ができた。


 相手はあんまり目立たないクラスの子だったけど、いい人そうだったので、私たちは祝福をした。


 結局、その子ともほとんど関わる機会がなくなり、いよいよ私たちは二人だけとなった。


 勿論、他のこともお話をしたりはするけど、ずっと一緒にいるのはやっぱりその子だけだった。


 名前は穂香ほのかちゃんと言って、少し気は強いけど、話していて楽しいい女の子だった。


「いよいよ、私達だけになっちゃったねー」

「そうだねー」


 学校の帰り道、私たちはそんな会話をしながら歩いていた。


 最後に残った二人だけど、なんだかんだ言って、私たちの相性は良かった。

 だから、こうして二人でいても、楽しかった。


「ねぇねぇ、姫花」

「どうしたの、穂香ちゃん?」


 今でも覚えている。


 多分、この会話が、私の人生の歯車を狂わす、最後のピースだったのだろうと言うことを。


 この時みて穂香ちゃんの笑顔が、私に向けられる最後の笑顔となった。


「ワタシ、辰巳君のこと、好きになったみたい」

「辰巳君……って、同じクラスの!?」

「そう」


 そう言って、少し恥ずかしそうにする穂香ちゃん。


 辰巳君というのは、クラス一のイケメンと呼ばれている男の子で、二年生なのに、サッカー部のレギュラーで、かなり活躍している子だ。


 だから、勿論たくさんの女の子からモテていて、ライバルの多い相手だった。


「どうして好きになったの?」

「えっとね、この前の球技大会あったじゃん?」

「先週のやつだよね」

「そう。それで、ワタシと辰巳君、一緒に運営委員会やったの」

「そう言えばそうだったね」

「それで、一緒に活動していくうちに、だんだんと…みたいな?」

「そうなんだ!」


 そんな風に話す穂香ちゃんは、顔を赤らめて、それでも嬉しそうにしていた。


 私はそんな彼女をみて、つくづく思った。


 いいな、と。



 そして翌日、事件は起きた。


 多分、予想はついていると思う。


 放課後、私は辰巳君に呼び出され、そして告白された。


「好きです、水野さん。俺と付き合ってくれませんか?」


 突然のことで驚いたが、決して動揺はしなかった。

 言い方はアレだけど、告白されるのはこれが初めてじゃなかったからだ。


 でも、今までは全て断ってきている。

 何故なら、私は『恋』を知らないからだ。


 でも、何故だか今日は、すぐには言葉が出なかった。

 恐らく、穂香ちゃんが好きだと言っていた相手からの告白だからだろう。


 でもだからこそ、返事は決まっていた。


 私は少しだけそう考えると、口を開いた。


「ごめんなさい」


 私はそう言って、サッと頭を下げた。


 私の返事を聞いて、辰巳君も分かっていたと言った感じで、一つ訪ねてきた。


「水野さん、一つだけいい?」

「なんですか?」

「振った理由、聞かせてもらっても?」

「私、恋が分からないんです。だから、付き合うことができないんです」

「そっか。ありがとう。素敵な人が見つかるといいね」

「ありがとうございます」


 私の返答に満足したのか、辰巳君はそう言って、足早にこの場を去った。


 私も、明日穂香ちゃんにどう説明すればいいのか、そんなことを考えながらその場を去った。



 しかし翌日から、私の居場所はなくなった。


 男の子がよって来なくなったのは、一番モテている辰巳君がフラれたので、私に恋心を抱いていた人が、近づいてこれなくなったのだと分かった。


 しかし、どうして女の子たちも関わってくれないのかが分からなかった。

 目があったら逸らされて、近づこうとしたら自然と距離を取られてしまう。


 私は何が何だか分からなくて、一番の友人の穂香ちゃんに話しかけた。


 そして、私はその原因を知ることとなった。


「もう、姫花は友達じゃないから」

「え……」


 あまりの衝撃の発言に、私は言葉が詰まってしまう。


 そんな私を見もせずに、穂香ちゃんは続けた。


「辰巳君に告白されたんでしょ?」

「え、うん……」

「ワタシ、姫花といたら、全部姫花に持っていかれるから」

「でも、断ったから……」

「じゃぁ、それなら、どうして辰巳君がワタシと運営委員をしたか知ってる?」

「え?」


 私が、言い訳を述べようとすると、穂香ちゃんは突然そんなことを聞いてきた。


 私がすぐに答えられずにいると、穂香ちゃんはすぐに答えを言った。


「姫花と仲良くしているワタシと仲良くなれば、姫花とも仲良くなれるって考えてたからなんだって」

「そんなの……」

「おかしいよね?分かってる。でも、そういうモノなのよ、『恋』って言うのは」

「……」

「だからごめん。ワタシはこれからも姫花と仲良くすることはできない」

「穂香……ちゃん」


 こうして、私の最後の友達は、居なくなっていった。


 私はそれから一度もあの中学校には行っていない。



 家に引きこもり、ただただ悩んだ。


 友達がいなくなってしまう『恋』って、何なのだろうか。


 どんな感情なのだろうか。


 私はたくさん悩んだが、それでも答えは出なかった。


 普通の女の子は、『恋』を知っているんだ。

 そうすれば、きっと私だって誰かを好きになって、誰かと恋人になって、幸せに暮らせたんだと思う。


 じゃぁ、『恋』を知らない私は、どうすればいいの?


 そうして考えた結果、私は、「鉄壁」なんて呼ばれている、常に完璧な仮面を被った水野姫花となった。

 誰に対しても分け隔てなく、雲の上のような、少し住む世界が違う、そんな人間に。

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