七章 6話

「結局見に来たんだな」


 俺と目が合うと、颯太はそう言った。


 俺は、少し動揺しながらも、あくまでもいつも通りを装って返事をした。


「いや、今日は特に用事がなかったからな。それに姫花のことだから何かあるかもしれないと思って」

「お前の恋人でもないのにか?」

「そうだけど……」


 颯太の指摘に、俺は返す言葉が見当たらなかった。


 確かにそうだ。

 俺はもう姫花の彼氏でもないのにどうしてそんなことをしたのだろうか。


 俺は自分の行動が本当に不思議で仕方なかった。


「お前、そろそろ気づいた方がいいんじゃないか?」

「え?」


 俺がどうしてかと考えていると、颯太がそう言ってきた。


 俺は今日気づいたことを考える。


 まず、姫花はモテると言うことだ。

 そして、やはり誰とも付き合うつもりがないと言うことも分かった。


 次に、俺にはまだ、あの日見せた彼女の泣き顔を、忘れられていないと言うことだ。

 自然と思い出されて、そしてそのたびに俺は心苦しくなる。


 つまり、俺はまだ、人をフルことになれていなくて、そしてやはり、フラれた人がどのように感じているのかも分からないと言うことだ。


 しかし、そんなことは、今日初めて気づいて訳ではない。


 どれだけ考えても、答えらしき答えにたどり着けす固まっていると、颯太は真剣な口調で、俺の目を見て口を開いた。


「相手のことをずっと考えて、相手のことを心配して、その人が他の人と付き合わないか心配で見に来る。そんなの、決まってるじゃないか」

「なんだよ」


 颯太は、そう言って一旦区切ることで、ためを作った。


 決まっていると言われても、俺には全く見当がつかなかった。


 俺が姫花のことを考えているのは、彼女を悲しませる結果が、果たして正しかったのかと思ってしまうからだ、姫花のことを心配するのは、姫花がもうただの知人ではなく、颯太や春咲のように、友達であるからだ。


 だから、そんなの、普通なんだ。

 何が今までと変わったのかなんて分からない。


 確かに、今日ここに来てしまった理由は説明がつかないかもしれないが、それでもそれは颯太があんな話をしたから、来なくてはならないような気がしたのだ。

 きっと。


 俺は、そうやって結論を出し、そして颯太に話の続きを促した。


 颯太の考える、答えというものを。


「あんまり、俺から言いたくはなかった。けど、今言わなけりゃ、お前にはきっとこんなチャンスは二度と来ないと思うから、言う」

「あぁ」

「相手を思い、そして心配し、誰かに取られたくないと思う感情を、人は一般的にこう呼ぶんだよ」


 そして、俺はこの時、何かが崩れていくのを感じた。


 思考の先をふさいでいた、大きな壁のような物が、崩れていくのが。


 そんな感覚を感じたのと同時に、颯太はその答えを言った。



「好きなんだよ。その人のことが」



「なっ……!」


 そう言われて、俺は思い返した。


 俺が姫花と一緒に居たいと思っていたのは、友達としてなんだと思って勝手に解決していたし、実際しっくりと来ていた。


 しかし現在、俺はこっそり姫花が告白される現場にわざわざ来てしまっていた。


 その理由が全く分からなかったのだ。


 そして、その答えは、颯太の言葉により説明がついた。


 俺は怖かったのだ。

 姫花が誰かのモノになってしまうのが。


 俺にだけ見せてくれていた表情を、他の人にも向けるのが怖かった。


 俺と過ごしたあの日々を、他の人との思いでで塗り替えられるのが怖かった。


 姫花の隣に、他の誰かがいるのが、怖かった。



 だから、姫花が笑顔を向けずに素気ない態度をとっているのを見て、俺はどこか安心感があり、同時に嬉しくなっていたのだ。


 独占欲のような物だろう。

 自分では全く気が付かなかったが、今こうして考えると、それは明らかとなった。


 そして、残り二週間となったあの日から、俺はずっと姫花のことを考え続け、そして別れた今でも気にし続けている。

 それも無意識でだ。


 でも、それは姫花がただの他人ではなく、友達だったからだと思っていた。

 そう考え、そして納得しようとしていた。


 だからこそ、颯太に言われるまで気が付かなかった。


 そして、颯太に言われたからこそ気が付いた。


「俺は……姫花のことが好きだ」


 自然とそう口からこぼれた。


 すると、颯太はフッと笑った。


「どうやら、答えは出たみたいだな」


 颯太はそう言うと、俺の背中に手を当てた。


 俺にはもう、悩んでいる暇はない。

 行くという選択肢しか選ぶ必要性がないのだ。


 手遅れになってしまう、その前に、なんとしてでも。


 俺はそう決意すると、颯太に向かって言った。


「悪い、颯太。俺、ちょっと行ってくるわ」


 俺がそう言うと、颯太はそっと手を離した。 


 そして、話した手を勢いよく俺の背中に叩きつけて、こう言った。


「おう、行ってこい!」


 それと同時に俺は全力で駆け出した。

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