七章 3話

 翌日からは、俺たちは少し気まずいながらも、今まで通りの関係に戻り、そして続けることができた。


 学校でたまに会話をし、放課後は一緒に下校をする。

 そして姫花の家まで送り届け、俺は一人で家に帰る。


 そんな今まで通りのやり取りを続けながら、時間はコクコクと進んでいった。


 ゆっくりと、しかし確実に。



 そして、その日はやって来た。


 いつものように授業を受け、いつものように過ごした日々だった。

 勿論いつものように一緒に下校もした。


「そろそろ学年末テストだな」

「はい。そうですね」

「…………」

「…………」


 ただ、やはりどちらも今日が何の日か分かっているため、会話がどうしてもできなかった。


 校舎裏で、突然姫花に告白された日から、三か月ちょうどが経ったと言うことを。


 そうして沈黙のまま進んで行くと、別れ道に来た。

 俺たちは一度もここで別れたことは無いが、俺の家へと続く道と、姫花の家へと続く道の分岐点なのだ。


 そして、姫花はそこで立ち止まると、くるっと俺の方を向いて、前のデートの最後の時と同じ表情をして、話を切り出した。


「冬治君」

「おう」


 俺は至って平然として返事をした。


 別になんてことは無い。

 もしかしたら、ただの世間話かも知れないし、もっと他の事かもしれない。


 そんな、あり得るわけもないことを、俺は少しばかり考えた。


 しかし、姫花はあっさりと、しかし鮮明に、話し出す。


「今日が約束の日です。答えを、聞かせていただいてもよろしいですか?」

「あぁ、そうだな」


 俺は一度深呼吸をした。


 結局、この日はやってきてしまったのだ。

 いつも通り、この最も心の痛む時間が。


 大丈夫だ。

 今日までに俺は色々と考えて、そして結論を出したじゃないか。


 今から時間を使うなんて相手に失礼だ。


 俺はそう思うと、グッと決意をして、口を開いた。


「ごめん姫花。俺は、まだ『恋』が分からない……」

「そう……ですか」


 俺の言葉に、姫花は驚かなかった。


 ただ、少し暗い表情になり、顔を俯かせて、少しの間黙ってしまった。


 そして、バッと顔を上げたかと思うと、そのまま何かから逃げるように、姫花は俺に背を向けて、口を開いた。


「分かりました。では、今日はここでお別れしましょう」


 そう言った姫花は、こちらにゆっくりと振り返って続けた。


「さようなら、冬治君」

「あ、あぁ」


 姫花は、笑ってそう言うと、いつもの足取りで歩き出した。


 待ってくれと言おうとしたが、それが声となって出ることは無かった。

 なぜなら今の彼女を引き留めていいのは、彼女を好きである青凪冬治だけなのだ。


 俺は彼女を見送るのをやめ、踵を返して自分の帰路へとついた。



 一歩一歩が重く、気分があまり優れなかった。


 勿論そんなものは比喩表現でしかないが、それでも実際いつもよりかなり遅い時間に帰宅した。


 彼女の顔を見て、やはり思う。

 本当にこの選択が正しかったのかどうか、と。


 別れ際、最後に見せた彼女の顔は、表情としては笑顔だったが、目には水が溜まり、声は少し震えていた。


 多分、予想はしていたのだろう。

 俺の答えが、彼女にとって、不都合なモノであることが。


 それでも、姫花はけじめをつけたのだ。

 ずるずると引き延ばすこともできたであろう、この関係に。


 そして、最後まで俺の心が痛まぬように、笑顔を貫きとおしたのだろう。


 自分の選択を貫いた彼女を見ても、俺はまだ選択を後悔することができるのだろうか。


「いや、辞めよう。俺は忘れていただけだ」


 告白を断ることは、いつもこれぐらい辛かったのだ。


 そして今回は仲良くなった人の告白を断った。

 だから今後のこともあるのでいつもより少し気分が悪いのだ。


 もう何も考えるな。

 これ以上考えれば逆に姫花に失礼になる。


 俺はそう割り切ることにした。


「勉強でもしよう」


 俺はそう呟き、椅子に座って参考書を開いた。

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