五章 8話

 俺たちが参拝を終えて戻ってくると、予想通り参拝者の数が増えており、かなりの列になっていた。


「やっぱり先に参拝して正解だったな」

「そうですね。これだけの列を並ぶとなると、少し骨が折れそうですね」

「だな」


 俺たちはそういいながら、クスッと笑った。


 そして、屋台が並んでいる方を見て、姫花に問いかけた。


「じゃぁちょっと屋台でも見ていくか?」

「そうですね。せっかくですし、そうしましょう」


 そう言って、俺たちは屋台の方へと向かう。



 屋台は百軒ほどあって、かなり遠くの方まで続いていた。


 なので、俺たちは最初に奥まで見て回りながら、帰り道に色々買うと言う方針を取って、端っこまで歩くことにした。


「ここもかなり人が多いから、手を繋いどこっか」


 俺はそう言って手を差し出す。


「そうですね」


 微笑みながらそう返した姫花が、そっと俺の手を取る。


 まだ三回目とはいえ、そろそろ恥ずかしさもマシになってきて、顔に出なくなる程度にはなっていた。


 だから、俺はそのままいつも通り話した。


「何か食べたいものとかあるのか?」

「そうですね……私はいつもこういう屋台のあるところに来た時は、綿あめをよく食べますね」

「へーなんか意外だな」

「そうですか?」

「いや、何となくな」


 何というか、しれっと綿あめとか可愛らしいことを言っているのが、少しギャップに感じてしまったのは、きっと俺だけではないと思う。


 しかし、ここが外であることをすぐに思い出したので、緩みそうになる口元に、力を入れて必死に耐えた。


 そんな俺の様子を不思議そうに見ていた姫花が、今度は俺に質問をしてきた。


「冬治君はいつもどんな屋台に行かれるんですか?」

「俺はそうだな……あ、広島焼とか好きかも」

「そうなんですね。私もお父さんが好きなので、よく食べていました」

「へー、そうなのか。あれはお好み焼きとはまた違った美味しさがあるんだよな」

「分かります。それに、この寒い中食べる熱々の広島焼は、食べていると幸せを感じるんですよね」

「そうなんだよな!」


 俺は思わず大きな声が出そうになり、それをぐっとこらえた。


 そして、俺は喉を鳴らして仕切り直した。


「ま、そんなところだな」

「そうですね」


 そうしてある程度目星をつけた俺たちは、それを中心に探しながら、ゆっくりと最後まで屋台を見た。


 そして、俺たちはまた引き返してくるときに、お目当てだった三つの屋台へと行き、買って食べた。


「うん、やっぱり外で食べるのはいつもと違ってよりおいしく感じるな」

「そうですね。何と言うか、普段と違った体験をしているので、特別な感じがするんでしょうか」

「かもな」


 俺はそう肯定して広島焼を口に運ぶ。


 それを見た姫花も綿あめをはむっと口に頬張り、それを飲み込むと、口を開いた。


「そう言えば、この時期にはあまり見かけませんが、夏祭りとかではキュウリの一本漬けなんかも食べますね」

「あー分かる。あれ、夏の暑い時期にピッタリなんだよな」

「ですよね!程よい塩分も吸収できますし、夏祭りと言えばキュウリとまで思います」

「はは。確かにそうかも」


 俺は、少し熱くなりながら語る姫花をみて、思わず頬が緩んでしまう。


 たまに見せるこの子供っぽさが、俺しか知らない姫花の魅力なのかもしれないと思うと、本当に贅沢な立ち位置に居させてもらっていることが分かる。


 俺は、綿あめを顔には出さないようにしながらも幸せそうに食べている姫花をみて、改めてそう認識させられた。




 それからしばらくの間屋台を堪能し、ゆっくりと歩いて帰った。


「送っていただいてありがとうございました」

「いや、いいよそんなの」


 俺たちはあの後、俺の部屋へと帰った後、少しのんびりした。


 そして、姫花の家まで一緒に歩いて送り届けた。


「次は新学期かな?」

「そうですね。もう一週間もすれば始まりますしね」


 もう冬休みが始まって二週間程経っていると考えると、とても早いなと思った。


「それでは、今日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」


 そう言うと、姫花は玄関の扉に手をかけた。

 そして、もう入ろうかというときに、何を思ったのか、俺は声を掛けた。


「姫花!」

「はい?」


 俺が呼び止めると、姫花はドアを開けたまま、こちらに振り返った。


 俺はそれを見てから、続ける。


「また、行こうな」

「はい……」


 俺の言葉を聞いた姫花は、そう返すと「それでは、また」と言って、家に入っていった。


 俺はそれを見届けると、踵を返してきた道を戻った。


「もう新学期が始まるのか……」


 俺はそんなことを呟いた。


 ずっと暇だと思っていた冬休みが、意外と早く終わってるのも、全部姫花が俺を誘って連れ出してくれたおかげだなと思った。


「ほんと、姫花には感謝しないと」


 俺はそう言うと、フッと鼻を鳴らして、空を見上げた。



 この時の俺には、あの時姫花がどんな気持ちで俺の言葉を聞いていたのかなんて知る余地もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る