五章 6話
翌朝、目が覚めるとすでに姫花の姿がなかった。
その代わりに、俺の鼻に白みそのいい匂いが漂ってきた。
「お雑煮?」
俺は寝起きの冴えない頭を掻きながら、部屋を出た。
「おはようございます、冬治君」
キッチンには、エプロン姿の姫花が立っていた。
「おはよう、姫花」
「キッチン使わせていただきました」
「うん、大丈夫。それで、お雑煮を作ったのか?」
「はい。せっかくお正月ですし、おせちは無理でもお雑煮ぐらいはと思って昨日材料を買っておきました」
「あー、そう言えばそんなのもあったな」
恐らく、姫花が言っているのは二人分のお雑煮用の具材が入っていたセットのようなものだろう。
俺はそんなことまで用意してくれた姫花に感謝し、さっと洗面所へ行って支度をした。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
俺が戻ってくると、テーブルにはお雑煮と焼き魚と白ご飯がおいてあった。
完全なる日本の朝ご飯だ。
俺は姫花の対面に座り、さっそくお雑煮を口にした。
「お、美味いな」
「それは良かったです」
俺が料理の感想を言うと、姫花もにっこりと笑って答えてくれた。
そして、ふと思い出したように気になったことがあったので、俺は姫花に質問した。
「そう言えば、姫花の両親って関西出身なのか?」
「はい。母が京都育ちです」
「なるほど、やっぱりな」
俺が一人で納得すると、姫花は不思議そうに首をかしげた。
「急にどうしたんですか?」
「いやさ、うちも父親が大阪生まれの大阪育ちで、母親が滋賀出身だから、お雑煮が白みそなのは当たり前だったんだけど、これってたしか地域によって違うよなと思ってさ」
「そう言えばそうでしたね。私も何も考えずに普段通りに作っていましたが、もし違っていたら大変でしたね」
「まぁ俺はそんなに気にしないからいいよ」
俺はそう言って安心させた。
「それにしても、こんな所にも共通点があったんだな」
「そうですね。本当に、探せば探すほどたくさん見つかりますね」
「そうだよな」
俺たちは二ヶ月ほど前では考えられないほどお互いの共通点を知っていた。
「鰙の素焼きも美味いな」
「今が旬ですからね。スーパーでもだいぶ安く売られていましたし」
「やっぱり、鰙はこうじゃないとな」
そう言って、俺はこちらもまた姫花の手作りのしょうが醤油をかけて口に運んだ。
「わざわざ作ってもらって悪かったな」
「いえ、前にもお伝えしましたが、私は料理するのが好きですので」
「そうだったな。ありがとう」
「いえ」
そう言って微笑む姫花には、何か特殊なオーラを感じた。
どこまでも全ての物を包み込んでしまいそうな何かが。
うーん……あ、分かった、母性だ。
俺はそんなくだらないことを考え、そして馬鹿らしくなったので、姫花に話しかけて切り替えようと思った。
「そうだ、今年の抱負、言ってなかったな」
「そうですね。確かに忘れていました」
俺がそう言うと、姫花もうっかりしていたと言った表情で、箸をおいた。
「よし、じゃぁまずは俺から言うわ」
「はい、よろしくお願いします」
「うーん、そうだな……」
俺は頭を少しひねりながら、今年すべき自分の目標を考えた。
そして、やっぱりこれしかないなと思ったものを口にした。
「よし、決めた。俺は今年、一度も学年首席を落とさないようにする」
「なるほど、そうきましたか」
俺がそう言うと、姫花は納得した表情で頷いた。
俺が考えつくこと、そんな物は大抵勉強に行きついてしまうのだ。
なんともまぁチープな思考回路だ、まったく。
そんな感じで俺が自分に呆れていると、少し考え込んでいた姫花が顔を上げた。
「私も決まりました」
「お、なんだ?」
「今年こそは学年首席の座を奪います」
「なるほど……」
姫花は俺の目を真剣に見つめながら、本気の宣戦布告をしてきた。
俺はその言葉に対して、玉座に座る魔王のような態度で返した。
「受けて立つぞ」
「負けませんから」
姫花は悪戯に笑みをこぼすと、そう言い放った。
俺はそんな姫花の様子と、前回の期末テストの結果から、かなり危険だと感じた。
「こりゃうかうかしてられないな」
「もちろんですよ」
そう姫花が言い切ると、俺たちは互いに笑い合った。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
朝ご飯を食べ終えると、俺たちはすぐに出かける支度をした。
今日はこれから初詣に行くからだ。
「準備できたか?」
「はい。大丈夫です」
俺は姫花にそう確認を取ると、部屋を出た。
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