三章 6話
そして時は流れ十一月初めの日曜日。
勉強会の日が訪れた。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ」
初めに俺の家に来たのは、今日を楽しみに待ち望んでいた姫花だった。
「まだ誰も来ていないんですか?」
「あぁ、姫花が一番最初だ」
「何だかすみません、約束の時間よりだいぶ早く来てしまったみたいで……」
そう言われて時計を見ると、約束の十時よりも三十分ほど早かった。
「まぁ、姫花はキッチリとしている性格だからな。そういった癖がついてるんだろ」
「はい。ですが、やはり人のお家にお邪魔するのに、早すぎるのはどうかと思いまして……」
そう言って少し申し訳なさそうにする姫花。
俺は、そんな彼女を見て、優しく微笑んだ。
「いいんだよ、別に。俺は迷惑じゃないし」
「本当、ですか?」
「あぁ。だって俺一人暮らしだから、家に誰もいないし、人がいてくれると賑やかになって楽しいから」
「そうなんですね」
そう言って、ようやく納得した表情をした姫花に、俺はソファーに座るよう促した。
「少し暇ができてしまいましたね」
「そうだなー。俺あんまり娯楽用品とかないから、暇つぶしするものなんて……」
俺はそう言いながら部屋を見渡した。
ゲーム関係の電子機器は一切持っていないので、それ以外に何かあるだろうかと思って見ていると、姫花が声をかけてきた。
「いえ、別に何もしなくていいんです」
「え?」
俺は単純な疑問からの声が出た。
そんな俺を見て、姫花は柔らかな笑みを浮かべて、説明をしてくれた。
「私は、冬治君とお話したりする他愛もないような時間が好きなんです。別に特別なことが無くたっていい、ただ、一緒に居て、一緒に笑い合っている、そんな時間が好きなんです」
「ッッ……!」
そんなことを姫花に言われ、少し照れ臭くなった。
あんまり直接そんなことを言われる経験なんてないので、正直心臓に悪い。
俺は詰まってしまった声を、どうにか喉から出し、返事をした。
「そっか、まぁそれなら何か雑談でもして二人を待とうか」
「はい!」
そうして、俺たちはいつも放課後に一緒に下校しているときのような、簡単な話をして、颯太たちの到着を待った。
「お邪魔しまーす」
「やっぱり冬治の部屋って感じだなー」
「どんな感じなんだよ、颯太」
それから三十分程経ち、少し待ち合わせの時間より遅れて颯太と春咲が来た。
「よし、じゃぁ全員揃ったことだし、そろそろテスト勉強始めるか」
「そうですね」
「そうだね」
俺の提案に、姫花と春咲は同意を示したが、一人だけすぐには反応をしなかった。
「えー、もうするのかよ。せっかく集まってすぐに勉強かよ」
「まぁ、勉強会だからな。とりあえず昼までは頑張ろうぜ」
「そうだな……」
「昼飯は俺が作ってやるから」
「よし、今すぐ始めよう!」
ずっと渋っていた颯太だったが、俺が昼飯を作ると言った瞬間に食い気味に肯定の意を示した。
まったく、単純なのはありがたいことだけど、正直ここまで単純だと騙されそうで怖いな……。
「そんなに冬治君の手料理はおいしいのですか?」
そんな颯太の姿を見たからだろうが、姫花が少し興味深々で颯太にそう聞いた。
「うん、そう!こいつの作る料理は、何がかは分からないけど中毒性があるんだ。勿論いい意味でだけど」
「そうなんですね……それは少し楽しみです」
「私も、何気に冬治の料理は楽しみにしちゃってるかも。毎回遊びに来るとき、一番最初に考えるのは、今日のお昼ご飯なんだろう?だもん」
「春咲さんも冬治君の料理が好きなんですね。それはますます楽しみです」
「まぁ、ほどほどに楽しみにしておいてくれ」
俺は少し恥ずかしくなって、そっぽを向きながらそう言った。
どうやらやはり、俺は褒められるのに慣れていないようだ。
昔から親や先生からはよく褒められていたのにな……。
やっぱり対等な人間からの賛辞は、年上の人から言われるのとはわけが違う。
「じゃ、そう言うことでそろそろ勉強始めるか」
「おう!」
颯太の元気のいい返事と共に、俺たちは椅子に座った。
席の配置は、俺と姫花が隣に座り、それぞれの向かいに颯太と春咲が座った。
どうしてこの席順になったかと言うと、向かい合っている方が教えやすいと言うのと、恋人同士が斜向かいに座るのはなんだか変だと言うことで、今の形に納まった。
「それじゃぁ、いつも通りお前は数学が分からないんだろ?」
「その通りです……」
俺の指摘に、颯太はなぜか敬語で返してきた。
「何で敬語なんだよ」
「いや、なんかこう生徒と先生みたいに感じたからノリで」
「そのノリ全然分かんねぇわ」
まったく、颯太のノリにはなかなかついて行くことができない。
俺が悪いのか、それとも颯太が悪いのか、どちらなのかは分からないところだ。
「それで?今回はこれと言って難しい単元なんてなかっただろ?」
「確率が全く分かりません」
「うん、なるほど。それはすごくまずいな」
確率、それは単純に計算をするだけの単元だと言う人もいる程、できる人とできない人とで大きな差が生まれやすい単元の一つだ。
しかし颯太のように分からないと言う人の多くは、どうすればその式になるのかが分からない、すなわち手の付け方、解法が分からないのだ。
「正直、計算はそこまで苦手ではないんだけど、どうしてか確率だけは苦手なんだよ」
「やっぱりな。この単元が苦手な人の多くの場合がどう解けばいいかが分からないんだよ」
「そう!どうやって求めればいいかが分からないんだよ」
「そう言う場合はだな、一度冷静になって、式で考えるんじゃなくて言葉でまずは考えるんだ。どの確率とどの確率を足したりかけたりしないといけないのかって。それから数字に置き換えて計算をするんだ」
「なるほど……確かに、俺は今まで最初から全部数字で考えてたから、途中でごちゃまぜになってたわ」
「そうなんだよな。問題の難易度か上がるほど、式も複雑になる。数学が苦手な人にとっては、もはや呪文のように見えるもんな」
こんがらがって、余計に苦手意識が高まる。
まさに負のスパイラルだな。
「なるほど、分かった。一旦それでやってみる」
「おう」
こんな感じで俺と颯太は勉強を続けた。
それに対して姫花と春咲は、ただ黙々と問題集を解き、たまに春咲が詰まった時に、姫花に聞いて解決していると言った感じだ。
さすが、いつも颯太に勉強を教えているだけはある。
俺は関心しながら、颯太の様子を伺いつつ、自分の勉強へと移った。
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