三章 4話
翌日、登校して自分の席に座った俺の元に、一人の男が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「冬治!」
そう言って俺の机に両手をたたきつけてきたのは、俺のクラスで一番の友達である颯太だった。
「なんだ、颯太」
俺はあからさまに鬱陶しいと分かるような態度で颯太に返事をした。
「やめろよ、そんなあからさまに鬱陶しいとにじみ出てるような態度!」
「いや、そりゃ出るだろ。朝っぱらから騒がれたら」
「それはそうかもしれんが、もっとこう、せめて隠す努力ぐらいはしてくれよ!」
そんな感じで注文をしてくる颯太の話は全て聞き流して、さっそく本題を話させることにした。
「で、何の用だ?」
「無視かよ!まぁいいけどさ」
「いいならさっさと要件を言え」
「分かった分かった」
俺の態度が変わらないと理解したのか、颯太はさっと切り替えて本題を話し始めた。
「頼む冬治!俺に勉強を教えてくれ!」
「断る」
「ありがとう、心の友よ……って、何で断ってんだよ!」
「嫌だって前にも言っただろ」
「それはお前がツンデレで……」
「男のツンデレに需要なんてないだろ」
「それはそうだな」
なぜか今までで一番深くうなずいている颯太。
馬鹿なのだろうか?いや、馬鹿か。
「それはそうとして、何で俺に勉強を教えろなんて言ってくるんだ?春咲に頼むんじゃなかったのか?」
俺はそう言ってあからさまに鬱陶しいといった目で颯太を見た。
「いやー実はそのつもりだったんだけどね、どうやらみーちゃんも今回そんなに余裕ないみたいで……」
「だから言っただろ……」
俺はほら見たことかと溜息をついた。
「な、だから頼むよ!俺にはお前しかいないんだ」
「いや、そうは言ってもな、前にも言ったが俺はお前に教えてやるつもりはないし、そもそも忠告を無視したのはお前だし……」
「そこを何とか……」
そう言って颯太は食い下がってきた。
「いや、なんでそんなことしなきゃいけねぇんだよ」
「俺たち友達だろ?」
「俺は友達だから忠告はしたぞ、しかも一週間前に」
「いや、そうだけど」
「それなら話は終わりだ。とっとと席に帰れ」
俺がそう言って、シッシと手で追い払っていると、思わぬところから声をかけられた。
「勉強会、するんですか?」
「え?」
俺がその声の方に振り向くと、そこには完璧な美少女、姫花が立っていた。
「するんですか?」
「いや、しないけど……」
「そうそう、勉強会をしようぜって話をしてたんだよ」
「おい、颯太!」
俺が否定するのにかぶせ気味で颯太が肯定した。
俺はそんな話になった覚えはないぞ、と言った目で睨んだが、颯太はどこ吹く風で、姫花との話を続けた。
「そうなんですか?」
「そうそう。俺馬鹿だから、学年首席の冬治に教えて貰おうと思って」
「なるほど。そういうことだったんですね」
「そうなんだよー」
「お前……」
俺の話を遮り、勝手な話をした颯太は、俺に向かってお願いって感じでウインクをしてきた。
気持ち悪い……。
そもそも、俺はお前に教えるっての断ってるだろ……。
なんて思ったが、今から言えば、俺が悪者扱いされそうなので、もう話に乗るしかなくなった。
「はぁー。そう、こいつがどうしてもって言うから仕方なく受けてやることにしたんだ」
「そうだったんですね!」
俺が話に乗ると、颯太はパーっと明るくなって、喜びのオーラがにじみ出ていた。
まったく、なんて単純なやつなんだよ、こいつ。
しかし、もっと驚かされたのは姫花の方だった。
どうしてかは分からないが、姫花が俺の話を聞くなり、目を輝かせて食い気味に言葉を放った。
「では、私もご一緒させてください!」
清楚であり、完璧な姫花は崩れてはいないが、若干水族館の時の無邪気さがにじみ出ていた。
え、もしかして興味深々な感じ?
俺はてっきり今までに何度も経験してきたのだとばかり思っていたのだが……。
世の中、分からないことの方が大半を占めるものだな。
「お、水野さんも参加する?じゃぁ、みーちゃんも呼んで四人でやろうか」
「おい、春咲は忙しいんじゃなかったのか?」
「いや、今回は自分の勉強で手一杯って言っただけだよ。だから、学年首席と次席がいる勉強会なら、質問もできて勉強も捗るだろうしな」
「そう言えばそう言ってたな……」
俺は少し前のことなのに、酷く昔のことを思い出すように記憶をたどった。
「春咲三葉さんですよね?たしか風山くんの彼女さん、でしたよね?」
「そうそう。俺の自慢の可愛い彼女だよ。まぁ、水野さんほどの人気ではないけどね」
「ありがとうございます。でも、自分の彼女さんと他の女の子を比べるのはあまり褒められたことではありませんよ?」
「ハハッ。それは確かにそうだな。こんなのみーちゃんに聞かれたらえらいことだな」
姫花がいつもの完璧スマイルで注意をすると、颯太も悪いことをしたと思ったのだろう、少し茶化した感じで返事をした。
が、しかし。時すでに遅しだった。
「どうも、冬治の彼女より人気が低いと彼氏にに言われた三葉でーす!」
そう言って、自慢のポニーテールを揺らしながら駆け寄ってきた春咲は、勢いそのまま颯太の脳天目掛けてチョップをした。
「グハッ!」
そうして、そのチョップがクリーンヒットした颯太は、奇声と共にうずくまった。
「痛えな、みーちゃん!」
「むしゃくしゃしてやった」
「そっか。それなら仕方ないか……」
「うん!」
そう言って怖いくらいの笑顔を颯太に向ける春咲。
あ、コレかなり怒ってるんじゃね?と、高校からだが、その中では一番長い付き合いの俺は思った。
しかし、春咲はオーラ以外は怒りを微塵も表にださず、そのまま話し始めた。
「それで、何を私に聞かれたらまずいの?」
「いや、今さっき自虐ネタのように使ってたじゃねぇか!」
「ていっ!」
「グハッ!」
軽快に突っ込みを入れた颯太は、笑顔のままの春先に本日二度目のチョップを入れられ、奇声を上げた。
「ちょ、みーちゃんごめんって。社交辞令として、相手の彼女をほめただけだから」
「そっかー。まぁ、実際に人気は圧倒的に姫花ちゃんだし、特になんとも思ってないんだけどねー」
「じゃぁ何で俺はチョップされたの?」
「うーん……むしゃくしゃしたから?」
「そっかそっか。って、それで二度も許される世界があってたまるかー!」
「今日の颯太はキレキレだね」
「それは俺も思った」
そんな感じでこのカップルのイチャイチャがひと段落着いたので、俺は話を本題に戻した。
「それで、何で春咲がここに?」
「え?だって颯太から今週の日曜日に冬治の家で私と颯太と冬治と姫花ちゃんで勉強会をするって昨日の夜言われたから」
「いやそれ俺も初耳だよ。まぁ、どーせ俺の家なんだろうなとは思ってたし、週末だろうなとも思ってたけど、そもそも勉強会するってのは今決まったんだけどな」
「え、そうなの?」
そう言って、俺と春先は颯太の方を見た。
「ま、念には念をってことだよ」
「お前って、ずる賢いよなマジで」
「そうか?」
俺が飽きれながらそう言うと、颯太は大げさに照れて見せた。
だから、俺は「はぁ」と溜息をついてから返した。
「ほんと、そのほんの一部でもいいから勉強に当たってくれればいいんだけどな」
「勉強と策略は考える方向性が違うからな」
「まぁ、そう上手い話があるわけもないからいつも苦労しているわけだもんな」
「これを万年首席から言われるとなんかむかつくな」
「勝手にムカついてろ。教えてやらないだけだから」
「ごめんごめん」
俺がそう言ってのけると、颯太も悪かったと言いながら、話を戻した。
「ま、だからそう言う訳で、みーちゃんの言った通りで二人とも行けるか?」
「はい、私は問題ありませんが……」
そう言って、三人ともが俺の方を見た。
こんなのもはやノーと断らせる気が見れないんだけど……。
「分かったよ。俺も別にいける」
「よし。それじゃぁこれで決まりだな」
「はい。それでは今週の日曜日、よろしくお願いいたします」
「よーし、今回はいつも以上の点数が取れるかも!」
「そうだな。なんてったって、この学校最強のタッグに教えて貰うんだからな!点数が上がらないわけがない!」
「できる限り努力はするよ」
俺はそう言って、軽く苦笑いをした。
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