三章 3話

 放課後になった。


 授業が終わり、皆がそれぞれの行き先への向かう中、俺は早々に帰りの準備を済ませて姫花の元へと向かった。


「姫花。一緒に帰ろう」

「はい。少しだけお待ちしていただいてもいいですか?」

「あぁ」


 俺の登場に、昼休み同様驚くクラスメイト達。


 姫花は、そんな俺の声に普段通りではあるが、僅かに喜びの籠った顔になった。

 

 そして、手短に帰りの支度を終えた姫花は、サッと鞄を持って俺の隣に立った。


「お待たせしました。それでは、皆さんまた明日」

「またねー水野さん」

「また明日~」


 そうしてまたクラスメイトに見送られ、俺たちは学校から出た。



「そろそろ期末テストだな」

「そうですね……」


 学校からの帰り道、まず初めに出た話題がそれだった。


 もっと話すことがあるのではないかと思われるかもしれないが、俺のような勉強バカにはテストしか頭になかった。


「冬治君は、もう勉強を始められてるんですか?」

「そうだな。どっちかと言うともうほとんど終わってるんだけどな」

「え?もう終わってるんですか?」

「今までのテストで大体範囲になりそうな内容って予測できるだろ?」

「そうですかね?」

「ま、まぁ、俺は予測するんだ」

「はい」


 俺が当たり前だと思って言ったことが、どうやら当たり前ではなかったらしい。


 普通にしているから、結構いろんな人がやっているものだと思っていたから、無意識に自慢をしてしまった……。

 不快に感じられたかな?やってしまった。


 そんな感じで勝手に反省しながらも、続きを話すことにした。


「それで、いっつもこのころには復習の時期に入ってる」

「すごいですね、冬治君は……」

「いや、勉強以外取り柄がないから、これぐらいしかすることが無いだけだよ」


 俺はやや自虐的にそう言った。


 しかし、姫花はピシっと指を立てて俺の前に回り込み、顔を合わせてそんな俺を叱った。


「ダメですよ、冬治君!」

「え?」

「今は仮にも私の恋人なんですから。自分を下げる発言は控えてください!」

「あっ……」


 俺は、姫花にそう言われて初めて気が付いた。


 俺が自分を下げると言うのは、すなわち彼女である姫花の評判を落とすことにもつながるのだ。

 今はなぜだか分からないが俺には少し人気があり、おかげで姫花と付き合っても悪い噂がほとんど立っていなかったのだ。


 それが、俺の評価が下がってしまうことで、姫花と釣り合いを取れなくなり、悪い噂が流れてしまうようになってしまう可能性がある。


 そんなことは誰ものぞんでいない。


 だから、俺は改めてこれからの自分という物が、一人の物ではないと言うことを意識しなくてはならないと思った。


「悪い姫花。これからは気を付けるよ」

「うん、よろしい!」


 そう言ってニコッと笑顔になる姫花。


 そんな顔は、学校ではめったに見ない顔だな、と改めて思った。


「それに、冬治君は勉強だけが取り柄ではないですから」


 呟くように、顔を逸らしながらそう付け足した姫花。


 俺は心から勉強しかないと思っていたので、どうしてか理由を聞きたくなった。


「そうか?」

「はい。かっこいいですし、優しいですし、いろんな取り柄がありますよ」

「本当か?」

「はい!彼女の私が言うんですから間違いありません!自信を持ってください」

「そうだな。ありがとう」


 彼女……か。


 確かに、俺を好きだと言ってくれている人が言っているのだ。

 それを否定すると言うのは、すなわち姫花の感性を否定するようなものだ。


 だから、俺はしっかりと受け取り、少しでも自信にしていこうと思った。



「それでは、本日もありがとうございました」

「いいよいいよ。姫花と話すの嫌いじゃないと言うか、むしろ楽しいから」

「そうですか……ありがとうございます」

「じゃ、また明日」

「はい。また明日」


 そう言って、俺たちは別れた。


 俺は自分の家に向かいながら、今日の姫花との会話をもう一度思い返した。

 なんか最近恒例にもなりつつあるよな、コレ。


 まぁそれは一旦おいておいて、振り返りを始める。


「いろんな取り柄がある……か」


 俺から見る俺と、姫花からみる俺とでは、これだけの差があるんだな、と改めて考えさせられる発言だったな。


「それに、自分の価値は一人のモノではない、か」


 昔から俺自身が思っていたことだ。


 自分を低く言うことは、自分に好意を持ってくれていた人への最大の侮辱であるって。


 それを、仮にも恋人という存在になった相手の前でするなんて、俺はどうしてそう言った考えに至らなかったんだろうか。


「ほんと、これからは気を付けないとな」


 俺はそう呟くと、今日の晩御飯の献立を考えながら、のんびりと帰宅した。

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