二章 5話

「ここです」


 十五分程歩いたところで、姫花がそう俺に言ってきた。


「へー。結構大きな家だな」

「そうですかね。確かに少し大きいかもしれませんね」


 そこは、白を基調とした洋風な家だった。


 普通の民家二、三軒分くらいの大きさで、庭もそこそこ広く、豪邸とまではいかなくとも、十分大きな家だと思った。


 なんとも姫花が住んでいるという想像通りの家だった。


「中、入っていきますか?」


 あまりにも家に意識を取られていた俺に、姫花はそう提案してきた。


 俺はその魅力的な提案に一瞬乗ろうかと思ったが、少し悩んでやはりやめておくことにした。

 理由としては、女の子の部屋に男一人でお邪魔することへの心の準備がまだできていなかったからだ。


「いや、今日は遠慮しとくよ。また、休日にでもお邪魔させてもらおうかな」

「そうですか。分かりました」

「悪いな」

「いえ。いつでもお待ちしておりますので」


 そう言って、姫花は笑顔を見せた。


「それじゃ、また明日な。姫花」

「はい、また明日。冬治君」


 俺たちは互いに別れの挨拶を言った。

 そして、姫花が家に入るのを見届けてから、俺は自分の帰路へとついた。



 家に帰った俺は、鞄を置いてすぐにベッドに横になった。


「完璧を演じるってのは、相当大変なんだろうな…」


 俺は、今日の姫花の話を思い出しながら、そう呟いた。


 姫花は、周りに求められるがために、完璧である水野姫花を演じている。

 これは、別に姫花が意識して行っている物ではないと思う。誰のせいでもなく、ただただ不幸であるだけだった。


「ただの美人は女子に疎まれる。だから、疎まれない自分でありたいと願うのは、人として当然のことだろうな」


 恐らくだが、彼女は中学時代には少し嫌な思いをしたと思う。


 生まれてきた時から、顔というステータスはある程度決まっていて、中学生にもなろうかという頃には、女性であればほとんど仕上がってくる。


 それならば、あれほど美人な姫花は、何もしなくても男子から注目の的となったことだろう。


 それを良く思わないのが女子という難しい種族だ。


 出る杭は打たれる。そんなことわざがあるが、まさにそれを具現化したものが、女子社会だと俺は思う。


 みんなと同じことをする。

 リーダー格の女子と仲良くして、自分の安全を確保する。


 そして、その女子が気に食わない女の子を見つけると、一緒になってつぶしにかかる。

 強い人の陰に、傘下に入ることで、自分の地位を確立する。

 それが大抵の女子のやり方だ。


 だが、生まれ持った素材で、その大抵になれない女の子がいる。

 それが、姫花などの顔が整っていて、男子からモテる女の子だ。


 女子は、自分が一番でありたいと思う。

 それは確かに男も同じことがいえるが、女子は特に自分が一番強くなくては嫌なのだ。


 誰かに大差で負けるのが嫌なのだ。

 だから、集団になる。一人では勝てない相手に勝つために。


 そんな標的にされていただろう姫花だが、男女構わず優しく接すると、恐らく態度が変わっていったのだろう。


 要は、自分がリーダーになれば解決すると言うことに、知らず知らずのうちに気が付いてしまっていたのだろう。


 女子というのは、より強いところの傘下でいたいと思う。

 それは、自分の地位を確立するためだ。だから、出る杭である女の子でも、人気が集まれば自然とリーダーになれてしまうのだ。


 よって、生み出されるのが完璧な人間だ。

 その理想のような人間は、そう思う人が増えれば増えるほど、より完璧へと近づ居っていく。

 つまり、どんどん苦しくなっていくのだ。


 しかし、彼女にはその仮面を外す勇気は出ない。

 なぜなら一度打たれる辛さを知っているからだ。


「なんて悲しい世界なんだろうな……」


 俺は、今までの、そして今の姫花のことを考え、どれだけ心身ともに疲弊していたことだろうかと思った。


「できるだけ、力になってあげたいな」


 彼女が望むのなら、彼女が拒絶しないのなら、俺は彼女の力になりたい。

 そう、強く思い、俺はそっと呟いた。

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