一章 8話

 その後、俺たちはペンギンを見た。


 茶色のたわしのようなペンギンがオウサマペンギンの赤ちゃんであると知った姫花が、衝撃を受けていた時の顔は、少し面白かった。


 後は、クラゲの大きな水槽を見たとき、綺麗な色でライトアップされているクラゲをみて、俺と姫花が絶句したのも、いい思い出だった。


 姫花のシャッター音がなかなか鳴りやまなくて、全然次に進めなかったので、正直驚いたのと同時に、可愛らしいなとも思ってしまった。


 そして何より「最後に何が見たい?」と聞いたときに、姫花が「ジンベイザメが見たいです!」と言ったときには、思わず俺も微笑んでしまった。


 何と言うか、今日の姫花は、素直で可愛らしい子供の様だった。


「まぁ、こんなことを直接本人に言ったら、怒られるだろうけどな」

「どうかされましたか?」


 俺がボソッと心の声を漏らすと、ルンルンな姫花がこちらを振り返って首をかしげてきた。


 どうやら内容までは聞こえていないようで、楽しいと言う感情が顔にまでにじみ出ているその表情は崩されていなかった。


「いや、何でもないよ」

「そうですか。では、早く行きましょう!」

「あぁ、そうだな」


 俺はそう返事をすると、先を歩いている姫花の元へと駆け足で向かった。



 そして、俺たちは最後にジンベイザメを見てから水族館を後にして、最寄りの駅へと歩いて向かっていた。


「楽しかったですね」


 姫花は、俺の横で歩きながら、そう言ってきた。


「そうだな。正直水族館なんて、何年ぶりに行ったか分からないけど、結構楽しめた」

「私は、冬治君の解説もあって二倍楽しめました。本当にありがとうございました」

「そう言ってくれたら、俺も説明したかいがあったよ」


 そんな会話しながら、ゆっくりと駅へと向かう俺たち。


 道路の脇に植えられたかえでの木が、夕焼けのような赤に染まっていて、実に秋らしい景色となっていた。


「もう、いよいよ秋って感じだな」

「でも、もうすぐに冬がきますよ」

「たぶん、そうなんだろうな」


 たった一ヶ月で気温が随分と変わり、そして景色が、季節が目まぐるしく移り変わっていく。

 そんな飽きない四季折々の風景を味わうことができる日本は、随分と恵まれた国なのだろうなと思わせてくれる。


「時間は有限だな」


 そして、それと同時に思い知らされるのは、時間が進むのが早いと言うことだ。


 少し前まで中間テストで、その少し前は体育祭だった。

 しかし、今はもう十月末。あっという間に一ヶ月以上が過ぎていた。


「そうですよ。時間は多く見えて、実はとても少ないんです」


 俺のぽつりと呟いた言葉に、姫花がそう返してくれた。


「そうだよな。高校の三年間だって、きっと気が付いた頃には終わってるんだろうな」

「そうですね。ついこの間入学したと思ったら、もう半年が過ぎてますからね」

「このペースだと、大学の卒業もすぐだろうな」

「はい。そして、そこからは社会人です。きっと、楽しいこともたくさんでしょうけど、学生時代は卒業ですね」

「なんだか寂しいな」


 あっという間に、学生が終わってしまうと考えると、今、この時がすごく大切に感じてきた。


「そうですね。ですから、後悔の無い学生時代にしていきましょうね」

「ああ、そうだな」


 俺はそう返した。


 後悔の無い青春を送りたい。

 そのためにはやはり『恋』を知ることは必須だろう。


 それなら、やっぱり姫花との限られた時間も、無駄にはできないな。

 俺は心の中で、そう呟いた。



「それでは、私はここですので」


 電車に乗って、慧城駅まで着いたので、俺と姫花はここで別れることとなった。

 俺はもう少し先の駅の近くに住んでいるので、最寄り駅がここの姫花とはお別れだった。


「ああ、またな」


 俺はそう言って、手を振って見送った。

 ドアが完全にしまって、電車が動きだしたとき、ふと思った。


「あ、送って行けばよかった……」


 そう呟いたが、それはもう過ぎた話。

 俺は、次はそうしようと、心で決意をした。



 家に着いた俺は、すぐにベッドに寝転がった。


「今日は一日で結構疲れたな」


 寝転がったことで、一気に体の力が抜けて、疲労が全身に回った。


 さっきまでは足が疲れた程度だったのが、体のあちこちが痛く感じた。


「運動不足だな……ハハッ」


 俺はそんなことを呆れながら呟き、改めて今日の帰りの話を思い返した。


 人間には皆等しく一日二十四時間が与えられている。

 それをどう使うかは、その人次第である。


 これは本当に誰にでも等しく与えられていて、後はこの時間の使い道をどうするかによって人生が変わっていく。


 失敗のない人生なんて恐らく存在しないだろう。

 そしてそれは楽しみのない人生と等しい物だと俺は考えるので、そんな人生を求めてはいない。


 しかし、後悔のない人生は存在すると思う。

 ただ、実際本当にそういう人生を送るのは至難の業だ。


 人生は選択の連続で、その全てを後悔のない選択にするのはまぁ不可能に近いと思う。

 だから、できるだけ少なくしていく必要があるのだ。


 やらずに後悔するより、やって後悔する方が良いとはよく言うが、正にその通りだと思う。


 確かに挑戦こそが全てだとは思わない。

 しかし、挑戦のない人生も、それはあまりにも退屈すぎると思う。


 だからこそ、人はないものねだりをするのだろう。


 常に自分にないものを得たいと思う。

 それが人間という生物なのだろう。


 それは、俺が『恋』を知りたいのと同じ原理だろう。


「全てを出し切って、やり残したことを無くす。それが青春で、それが学生なのかな…」


 楽しいこと、辛いとこ、色々なことを経験することが、学生の本当の意味なのかもしれないと、俺はそう考えた。


「『恋』を知りたいな……」


 俺は、今一度強くそう思った。


 もし、姫花のおかげで恋を知ることをできたのならば、俺は彼女に何を返すことが出来るだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は意識ごとベッドにあずけた。

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