一章 6話

「次は、どこに行きますか?」


 昼ご飯を食べてしばらく休憩した俺たちは、そろそろ次へと行くことにした。


 俺は姫花にそう聞かれて、軽く下調べしていたノートをスマホで開ける。


「そうだな……あ、後十五分でイルカショーがすぐ近くで始まるな」

「イルカショー、ですか?」

「ああ」


 疑問形で返ってきたので、俺は少し不安になった。


 もしかして、あまり触れたくない過去と結びついていたりしたのだろうか。

 しかし、それならそもそも水族館なんて選ばないか。


 そんなことを僅か一秒の間に考えていると、姫花はすぐに答えを言った。


「私、実は見たことないんです、イルカショー」

「え、そうなのか?」

「はい。ですから、見てみたいです!」

「おう。それなら行くか」


 そう俺が言うと、彼女は笑顔ではいと言った。


 どうやら、嫌というよりむしろ喜びのオウム返しだったのかもしれないな。いや、かもというより絶対だろう。

 その理由は、本当にうれしそうにしている彼女のオーラを見て分かった。


「じゃ、始まる前にさっさと行くか」

「はい。行きましょう!」


 そう言って、俺と姫花は二人で並んでイルカショーを行うステージへと移動をした。



 イルカショーの始まる五分前に席に着いた俺たちは、少しパンフレットを見ながらイルカショーがどういったものなのかをしらべていた。


「大体三十分くらいみたいだな」

「そうですね。イルカは水槽のなかで泳いでいる姿と、海で泳いでいる姿しか見たことが無いので、ショーがどのようなものなのか楽しみです」

「そうだな」


 いや、さりげなくすごいことを言ったよな、今。


 海で泳いでいるイルカを見るには、そこら辺の海ではなかなか難しいだろう。

 恐らく海外か、はたまた国内で見れるところまでクルーズで行ったのか…。


 俺がそんなことを考えていると、場内アナウンスで、まもなく始まるとの知らせを受けた。

 なので、俺たちは二人でステージの方へと目をやって、始まりを待った。


 イルカショーは、至ってシンプルなもので、空中のわっかをくぐったりボールにタッチしたりするイルカ単体の物と、トレーナーとイルカのペアで行う技の二種類に分かれていた。


 そのどれもが大迫力で、前の方の席は、事前に言われていた通り、水しぶきが多く来ていた。


「すごいですね。イルカは私たちと同じ哺乳類ですし、やっぱり賢いのですね」

「まぁ、それに加えてあの身体能力だから、正直勝てる気しないな」

「あら、学年一位の冬治君でも勝てませんか?」

「俺の頭は勉強以外に活用されてないからな。イルカの頭はお客さんに喜ばれている。すなわち有効活用されてる。だから、俺はイルカに負けてるよ」

「なるほど。今はまだ負けてるんですね」

「まぁ、案外間違ってないけど」


 俺は姫花が「今」をつけたことに少し驚いたが、俺のことを持ち上げようとしてくれているのだと分かり、潔くそれを受け入れることにした。


『それでは、最後にお客様の誰かに、このワッカをイルカさんに向かって投げていただきたいと思います!』


 俺たちがそんな話をしていると、トレーナーのお姉さんが、そんなことを言った。


 そう言えば昔母さんときたときに一度だけ指名されたことがあったかな……。

 なんてことを思い出して懐かしがっていると、トレーナーのお姉さんは驚くことを言った。


「それでは…そこの白のニットのお姉ちゃんにお願いしてもいいですか?」


 そう言って、こちら側に手を向ける。

 白のニットとは、恐らく姫花のことだろう。


 俺は驚いてちらっと左隣りを見た。

 すると、彼女は既に席から立っており、行く気満々なオーラを出していた。


「行ってきますね、冬治君」

「おう、行ってらっしゃい」


 俺はそんな彼女を見て安心したので、軽い気持ちで見送った。


 今日は、ずっと楽しそうにしている姫花だが、学校ではこうではなかった。


 常に何か仮面をかぶっていると言うか、どこか一線を引いていた。

 親しくしているようで、あと一歩のところに越えられない絶対の壁が立ちふさがっている。そんなイメージだった。


 俺はあまり関わってこなかったので、そこまで深く立ち入ってはいなかったが、傍から見ていてもそう感じるほどだった。


 そんな彼女が、今は完全に心を開いている。


「やっぱり、彼女が俺のことを好きだと言うのは、嘘じゃないのかもしれないな…」


 俺は今になってそう思った。


 正直信じていなかったし、何かの罰ゲームなのではないのかとずっと思っていた。 

 三か月なんて期限もあったし、本当に罰ゲームでもおかしくなかった。


 しかし、ふたを開けるとそんなことは無かった。

 一緒に居て楽しいし、何よりも彼女が一番楽しんでいた。


「もしかしたら、本当に彼女ならなにか変えてくれるかもしれないってのは、あながち間違いじゃなかったのかもしれないな」


 俺は、ワッカをイルカに向かって投げる姫花の姿を見ながら、そう呟いた。

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