一章 5話

「あっ!見て下さい冬治君、ジンベイザメです!」

「お、ほんとだな」


 水槽の前へと駆けていった姫花が、ジンベイザメを見つけて嬉しそうにはしゃいでいた。

 俺はそんな姫花について行くように、少し歩みを速めた。


 今のこの状況を傍から見れば、恐らく兄弟か親子のように見える気がする。

 少なくとも恋人とは少し違うやうな気がした。


「なら、ちょっと教えてやるか」


 俺はそう呟くと、姫花の横に立って声を掛けた。


「姫花」


 俺がそう呼びかけると、彼女はビクッとした後俺の方に振り向いた。


「なんですか、冬治君?」

「あの頭が平べったいサメがいるだろ?」

「は、はい」

「あれがアカシュモクザメだ」

「そうなんですね!」


 一瞬戸惑った様子だった姫花は、俺が魚について教えると、先ほどまでの子どもっぽい状態に戻り、今度は姫花から質問をしてきた。


「では、あの顔が平らなサメはなんですか?」

「ああ、あれはシノノメサカタザメだ」

「では、あの目が飛び出ているようなエイはなんですか?」

「あれはイトマキエイだ。あれは目じゃなくて頭ビレで、糸巻きのように見えるからイトマキエイのんだと」

「なるほど、そうだったんですね。知りませんでした!」


 そう言って納得している姫花は、本を読んで新しいことを知って嬉しくなっている俺のようだった。

 なんか親近感が急に湧いてきた……。


「では、あの赤いお魚はなんですか?」


 そんなことを考えている俺に、姫花が更に質問をしてくる。


 俺はそれが少し可愛らしく思えて、クスリと笑いそうになるのを堪えて、説明をした。


「あれはヒメフエダイだな」

「ではあのたらこ唇のお魚はなんですか?」

「あれはクエだな」

「クエですか?名前は聞いた事ありますね」

「確かに、名前は有名かもな」


 なんてことを話しながら、結局その水槽にいる全ての魚の説明をすることになったのは、言うまでもないだろう。



「ふー。少し疲れましたね」

「そうだな」


 ジンベイザメのいた水槽と、もう一つの水槽を見た俺たちは、一度休憩をすることにした。


 まぁ、あれだけずっと興奮しっぱなしだったのだ。疲れるのも当然と言えば当然だろう。

 それに、スマホを取り出して時間を確認すると、十二時半で、もうお昼にちょうどいい時間になっていた。


「それじゃ、ご飯にしようか」

「はい」


 そうして俺たちは館内にあるレストランへと向かった。



「「いただきます」」


 俺たちは二人そろってそう言った。


 俺たちが頼んだのは定番と言えば定番のオムライスとカレーだ。俺がカレーで、姫花がオムライスを注文した。


「ん、おいしいな」


 俺はスプーンでカレーをすくって一口食べてからそう言った。


 程よく効いたスパイスがピリッとした辛さを生み出し、舌に少しの刺激を与える。味は水族館だからか、魚介ベースの物となっている。

 生きている魚を見る場所で、はたしてそれは大丈夫なのだろうか。


「本当ですか?私のオムライスもおいしいです」

「そうか。一口食べるか?」


 対面に座った俺の顔を見ている姫花だったが、どうにも目線がカレーに吸い寄せられていた。

 万有引力だろうか。


「えっと、いいんですか?」

「ああ、いいぞ」


 俺はそう言って、一口分スプーンですくうと、彼女の方へと運んだ。


「えっと、それではお言葉に甘えて……」


 そう言って、彼女は右手で髪を耳元にもっていきながら、少し乗り出して口を開けた。

 俺はその口にスプーンを近づけていき、そっと入れた。


 スプーンが口に入ったと分かった彼女は、パクっとスプーンをくわえた。

 そして、俺はゆっくりとスプーンを抜いて、カレーを口の中においていった。


「ん、本当ですね。魚介ベースのカレーの風味が程よいスパイスとマッチしていておいしいですね」

「だろ?」


 俺とほとんど同じ感想を述べた姫花に、俺ははなぜか得意げになって返事をした。


「では、私だけもらうのも申し訳ありませんし、私のオムライスも一口どうぞ」


 そう言って、今度は彼女が俺にスプーンを向けた。


「それじゃぁ、遠慮なく貰っておこうかな」


 俺はそう答えて口を開けた。

 口に入ってきたスプーンをしっかりととらえて、スプーンに乗っているオムライスを全て口の中にとどめた。


 スプーンが口の中からなくなった後、しっかりと噛んで味を確かめる。


「うん、オムライスもなかなか美味いな」


 トロッとしている卵と、濃くなく薄くないチキンライスが、上手く絡まって口の中に風味だけを残していく。


 何と言うか、実家の味というのか、とても安心する味だった。


「すごく安心する味だな」

「ですよね!」


 俺がそう言うと、彼女もどこか得意げな口調でそう返してきた。


 俺といい姫花といい、どうして自分と同じ感想を相手が言うと、少し得意げになってしまうのだろうか…。

 どことなく彼女とは似ている点が多いな。

 

 そんなことを俺は考えながら、姫花の方を見た。


 鼻歌が聞こえてきそうなほどご機嫌な様子でオムライスを頬張る彼女をじっと見つめる。


 長いまつ毛に、小さな顔。

 きめ細かな肌は真っ白で、触ったらどこまでも滑っていきそうだった。


 やっぱり、とても美人だ。これは相対的に見てもそうだし、俺の主観でもそうだった。

 しかしこの結論は入学してすぐに出ていたもの。

 改まって思うようなことではなかった。


 まだ『恋』は分からないな…。


 俺はそう思い、俺はまたカレーをすくって口に運んだ。

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