一章 4話

 時は流れて日曜日が来た。


 上着を着ている人がほとんどになって来た、十月の下旬。

 俺は一人で改札を通り、先に駅の中へと入り姫花を待っていた。


「もう、冬が近づいてるな……」


 つい先月までは、まだ太陽が眩しくて、動くだけでも汗をかいていたくらいだ。

 しかし僅か三十日経っただけでこの寒さ。秋は一体どこへ行ったのやら。


「しかし、結構時間に余裕があるな」


 俺はポケットからスマホを取り出して時間を確認した。

 そこに映し出された時刻は九時三十分。集合時間の三十分前だ。


「早く来るのはいいことなんだが、さすがに相手の身になると少し申し訳ないな…」


 俺がそんなことを呟いた時、改札の方から声が聞こえてきた。


「ごめんなさい、冬治君。待たせてしまいました」

「いいよ、全然。俺が早すぎただけだから」


 申し訳なさそうに小走りで駆け寄ってきた姫花。

 俺はそんな姫花に大丈夫だと返した。


 しかし、そうは言っても少しは気になるよな…。

 俺はこの時、次は少し遅めに来ようと決めた。


「それじゃ、早速電車に乗って行くか」

「はい!」


 こうして、俺たちはすぐに来た電車に乗り込んだ。




「水族館、楽しみですね!」


 電車の中でそう言った彼女は、本当に楽しみそうな目をしていた。


 キラキラと輝いて見える目は、錯覚なのか彼女のオーラなのか分からない。


「姫花って、私服も結構オシャレだな。似合ってる」

「そ、そうですか?ありがとうございます!」


 彼女はそう言ってはにかんだ。


 マロンカラーのチェックのロングスカートに、白のニットという、シンプルなカラーのコーデだった。

 風に吹かれてなびくスカートの下には、綺麗な白い脚…ではなく、黒のタイツだった。いつも通りの鉄壁だ。


 肩掛けの小さな黒のポーチを、左肩にかけて左手で持っているのは、肩掛けの紐で胸をくっきりと出さないためだろうか。


 全く、服装まで清楚とは、もはや完全にお嬢様だな、うん。


 チラッと彼女を見る。

 すると、電車に揺られながら、ワクワクオーラを出して顔をほころばせていた。


 姫花のこのような姿を一人占めするというのは、学校の男達にとってはやはり憧れや夢であるのだろう。

 そのことに少し申し訳なさを感じつつも、俺はそんな姫花に話しかけた。


「本当に楽しみなんだな、水族館」

「はい!」


 電車の中なので静かな声で返事をする彼女を見ていると、なぜだか俺も少し嬉しくなった。

 やっぱり、人の幸せは嬉しいものだな。


 俺はそう心に呟いて、窓の外に目を外した。


 


 しばらくして最寄りの駅まで来た俺たちは、少し歩いて水族館へと来ると、チケットを購入して中に入った。


「さ、お待ちかねの水族館だぞ」


 俺はそう姫花に言って前を見させる。


「わー!」


 水槽を見た瞬間、姫花は驚きの声をあげて駆け出した。

 興奮を抑えきれないその姿は、かなり幼く見えた。


 いつものおしとやかで落ち着いたイメージとは違い、今は少し興奮しているのか、子供のようなイメージだ。

 それが、あまりにも対極すぎて、俺は少しの驚きと微笑ましさが同時に芽生えた。


「全く、つくづくすごい女の子だな、姫花は」


 俺がそう呟くと、彼女が振り返った。


「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」

「でしたら早く来てくださいよ、冬治君!」


 早く見たくてうずうずしているのが分かる姫花が、俺を急かすように呼ぶ。


「分かったよ。すぐに行く」


 俺はそう言って早歩きで姫花の元へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る