一章 3話
放課後、全ての授業が終わった生徒たちは、部活に入っている者は部活へ、そうでないものは自宅へと足早に向かった。
そんな中、俺は一人、人気のない校舎裏へと来ていた。
理由は姫花から貰った手紙に来てくれと書いていたからだ。
「今後の相談って、何するんだよ……」
俺は、一人で愚痴っぽくこぼしたが、実際のところは少しわくわくしていた。
理由は簡単だ。俺にも『恋』が分かるかもしれないからだ。
彼女なら、もしかしたらと期待してしまう。
なぜだか分からないが。
そんなことを考えながら待っていると、しばらくして姫花が小走りでかけてきた。
「ごめんなさい、冬治君。少し先生の手伝いをしていたら遅れてしまいました」
「構わないよ。別にそんなに待ってないから」
「本当ですか?ありがとうございます」
そう言って、丁寧なお辞儀をする姫花。
ほんと、育ちが良いことがよくわかる。
お嬢様なのだろうか?それは分からないが、そんな雰囲気はする。
そんな彼女を見ながら、ふと思い出したことを聞いた。
「そう言えばさ、姫花」
「はい。何ですか?」
「何で連絡するのにわざわざ直接会ったんだ?」
そう、ただ連絡をするだけならわざわざ直接会わなくてもいいのだ。
告白をするなら話は変わってくるし、他にも何か渡すものがあるのなら仕方がない。
しかし今回は連絡をするだけ。言葉だけなのだ。
それなら、手紙でいいし、そうじゃなければメールでもなんでもいいのだ。
「えっと……」
「手紙を書いたんだったら別にそこに要件を書けばよかっただろ」
「いえ、それではもし間違って誰かに見られると困りますので」
「なるほど……」
いや、姫花は分っていないと思うけど、結構どこどこに来てという内容の手紙でも十分に困るんですけど……。
もし見られてたら俺の居場所がなくなっていたかもしれないぞ……。
「でも、それならメールでも……」
「それはできません」
「え?」
俺がメールでもいいんじゃないのかと聞くと、彼女はきっぱりと否定をしてきた。
なぜだろうかと考えていると、姫花が理由を話した。
「なぜなら、私は冬治君の連絡先を知らないからです」
「……あ」
俺は根本的なことを忘れていた。
よくよく考えたら、俺は姫花と連絡先を交換していなかった。
たしか、昨日は俺たちが付き合う事になった後、すぐに俺は教室へ掃除をしに戻ったのだ。
だから、彼女と連絡先を交換などする時間が無かったのだ。
「なるほど。確かに交換してないな、俺たち」
「はい。ですから、今日はついでに連絡先も交換しようと思っていました」
「そうなのか」
彼女はそう言って、微笑んだ。
俺が言うのもなんだけど、ほんと、俺の彼女は笑顔がよく似合う女性だと思う。
微笑みも上品で、美人な女性だとつくづく実感する。
「では、さっそく交換しましょ?」
そう言って、彼女はスマホを俺に向けてきた。
「ああ」
俺はそう返事をして、彼女と同じようにスマホを向けた。
そして、俺たちは無事に連絡先を交換した。
「これで次からは大丈夫だな」
「はい。これからもよろしくお願いします!」
そう言って心から嬉しそうな笑顔をしてスマホを胸に抱える彼女を見ていると、俺の携帯に入っているこの連絡先は、色々な人が欲しがっている物なんだなと思った。
それはつまり、ばれればすぐに終わってしまうという訳だ。
そう考えると、俺は少し顔が引きつった。
だから、俺は本来の要件という物を早めに聞くことにした。
「そう言えば、連絡先はついでだったよな。本当の要件ってなんだ?」
「はい、そうでしたね」
彼女はそう返事をすると、綻んでいる口元はそのままで、ピシッと直ると顔をこくりと傾けて尋ねてきた。
「今週の日曜日に、私とデートしてくださいませんか?」
「……え?」
急なお誘いに、俺は驚いて変な声を出してしまった。
待て待て待て。よく考えてみよう。
確かに今彼女はデートに俺のことを誘った。
しかし、俺と彼女は今付き合っていて、恋人である。すなわちデートをすると言うのは至って普通なのだ。
なら、別にデートをしても問題ないんじゃないのか?
問題はないか、そもそも。
しかし、それでもやはりためらわれる。
あの水野姫花とデートをするのだ。
そうやすやすとしていいものではないだろう。
「ダメ……でしょうか?」
答えに渋っていた俺に、姫花が不安げな表情で俺にそう聞いてきた。
「いや、大丈夫だ。問題ない」
そんな彼女に負けて、俺は潔く承諾してしまった。
まぁ、断る理由もあるにはあるが、別にいいだろう。
彼女を困らせるよりは、絶対に受ける方が得策だ。それにこれは俺のためでもあるのだから。
俺はそう自分に言い聞かせると、具体的なことを聞くために、姫花に話しかけた。
「それで、どこに行くんだ?」
「それはですね……」
そう言うと、姫花は一度溜めを入れた。
そして、少し嬉しそうな表情でこう言った。
「水族館に行ってみたいです!」
「水族館、ね……」
それを聞いて、俺は繰り返し言った。
水族館。
それは魚が山のように泳いでいて、忠実に海中を再現された海の動物園だ。
そんなところに、姫花は行きたいと言う。
まったく、可愛いものだ。
俺はてっきり、どこかおしゃれなカフェにでも行くのかと思ってひやひやしていた。
実際、俺はそう言った場所が苦手だし、あまり自分から行きたいと思うタイプではなかった。
俺はどちらかと言うと、そう言う賑やかな場所よりも、静かな本屋さんなどに行きたいタイプなので、水族館は結構俺に合っていた。
「いいじゃん、水族館」
「本当ですか!」
俺が肯定すると、彼女は嬉しそうに迫ってきた。
そんなに近づかれると、さすがに照れてしまうのだが……。
「私、動物園にはよく行っていたのですが、水族館はあまり行ったことが無かったんです」
「へー。なんか意外だな」
「そうでしょうか?」
「うん。何か、水族館とか美術館とかそう言うのは結構行ってるんじゃないかと思ってた。まぁ、勝手な偏見だけど」
「本当に偏見ですね。でも、美術館はよく行ってましたよ。母に連れられて全国各地のい様々な美術品に触れてきましたので、それなりには知識を蓄えております」
「スゲーな……」
俺は思わず感嘆の声を上げてしまった。
なんとも英才教育な家なのだろうか。
やはり、金を持っているに違いない。
そんな失礼なことを考えていた俺は、一度考えることをやめ、本題に戻ることにした。
「それは良いとして、水族館ってここから電車で三十分くらいの所にある水族館か?」
「はい、そうです。水族館なら屋内ですし、天候に左右されないかと思いまして……。それに、私が個人的にジンベイザメを見てみたいと言うのもあるんです」
「なるほどねー」
俺は少し納得した。
それと同時に、この可愛い生物は本当に同じ人間なのかと疑いたくもなった。
目をキラキラさせながら魚の話をする姫花を見ていると、少し幼く見えてしまう。
しかし、実際の見た目は大人のような余裕のある容姿で、少しギャップを感じさせる。
「まぁ、それなら了解。何時にするんだ?」
「えっと、できればあまり遅い時間になってしまうのは嫌なので、十時くらいに慧城駅のホームに集合でどうでしょうか?」
「あぁ、問題ないよ。それじゃ、今週の日曜日十時に慧城駅前に集合でいいよな?」
「はい。大丈夫です」
「了解。それじゃぁ」
「はい、また明日です。冬治君」
「また明日」と言って、俺は先に彼女を残して教室へと向かった。
彼女と一緒に帰りたいところなのだが、俺たちはまだ付き合っていることを公開していない。
だから、彼女とは少し時間をずらして教室に戻ることとなっていた。
「それにしてもデート……か。夢のようだな」
俺はデートをするのはかなり先だと思っていたし、なんなら訪れないかもしれないと思っていた。
理由はもちろん『恋』が分からないからだ。
好きだと感じない人と出かけるのは、相手に失礼だと思っていたからだ。
それに、別に楽しいとも思わないと思う。それだけだ。
ただ、なぜか分からないが、彼女なら何か変えてくれるかもしれないという僅かな期待があった。
「本当に不思議なやつだな……姫花」
俺はそう呟いて、教室のドアを開けた。
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