一章 初デートはハラハラドキドキ

一章 1話

 木枯らしが肌に吹き付ける十月末。

 俺はもうすっかり通いなれた道を一人で黙々と歩いていた。


 俺の名前は青凪あおなぎ冬治とうじ

 私立慧城けいじょう高校の一年で、真面目で勉強だけが取り柄な地味で平凡な男だ。


 慧城高校は、そこそこ偏差値の高い高校で、地元では有名な進学校だった。

 そんな学校で、入学以来常に首席に座っているのが、俺だった。


 まぁ、だから勉強だけが取り柄というのは、自称でない。

 本当に勉強以外何もできないので、そう言っただけだ。


 俺は、友達が多い方ではないが、別に少ないわけでもなかった。

 大抵のクラスメイトとは会話だけならするし、放課後一緒に帰る友達だっている。

 ただ、他のクラスには手が届いていないので、多い方ではないと言った。


 そんな俺だが、実は恋人、つまり彼女がいる。

 名前は水野みずの姫花ひめか


 黒くつやのある長い髪が印象的で、目鼻立ちは整っており、おしとやかな黒い瞳とその容姿が相まって、清楚系美少女という呼び方がとてもしっくりとくる。


 まぁ、俺に恋人ができたのは、つい昨日の話だが。


「彼女……か」


 俺はそんなことをふと口にした。

 彼女なんて、俺には一生できないのではないだろうかと思っていた。


 自分で言うのもなんだが、俺はモテないという訳でもないし、別に陰キャだとも思わない。

 人と関わるのは嫌いではないし、友達も普通にいる。

 クラスでは明るいわけではないが、決して暗くもない。


 それに、高校に入学してからもすでに何度か告白されていた。

 昨日も彼女の方から告白してきた。


 じゃぁ、何で俺に一生彼女ができないと思ったかと言うと、それは俺のある悩みに問題があった。


 それが、『恋』を理解できないと言うことだ。


 人は、誰かを好きになって、そして晴れて両方の思いが一致したとき、恋人という関係になる物だ。持論だが。


 しかし、俺には『恋』という感情が分からない。

 だから、人を好きになることができないのだ。


 もちろん、「あの子可愛いな」とか、「あの人美人だな」とかは思うことがある。


 だが、それはあくまでその人の外見的な要素を、客観的に見てそう感じたというだけで、それ以上の感情はない。

 その人のことを考えて、夜も眠れないなどということは無いのだ。


 そんなわけで、俺には彼女ができないと思っていた。

 しかし昨日、そんな俺に学年一の美少女水野姫花が告白してきた。


 当たり前だが断った。

 いや、正確には断ろうとした。


 なぜなら俺は彼女のことを好きではないからだ。


 でも、そんな俺の言葉を遮って、こんな提案をしてきたのだ。


『私はあなたに『恋』を教えます。必ず、私のことを好きにさせて見せます。なので、三か月だけ猶予をくれませんか?』


 つまり、お試しで付き合ってくれと言われたのだ。


 普段の俺なら絶対に受けることのなかった提案だった。

 なのに、俺は承諾したのだ。


 どうしてか分からなかったが、彼女、水野姫花ならば、もしかしたら何か起こるかもしれない。

 そう、思ったからだった。


 そうして、俺には人生初の彼女ができた。


 色々と複雑だが、間違いなく彼女ができた。

 夢……ではなかった。


「それにしても、実感わかないな……」


 まぁ確かに、一日やそこらで実感が湧くかと言われれば、そうではないだろう。


 それに、まだ恋人らしいことすら何もしていない。

 クラスは同じだったので、普段から話すことには話していた。


 しかし、これと言って仲が良いわけでもなかったし、クラスメイト程度の仲だった。


 だけど、今の状態もそうだろう。

 事実上付き合ってはいるが、実際のところそれだけだ。


 いわば名前だけの恋人関係。

 実感が湧かないのも当然だ。


 俺は、そんなことを考えながら学校へと向かった。

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