32.悪夢去りし休日
カコーンといくつもの軽い音が、広い空間全てに響き渡る。
わたしたちの視線の先にあった白いピンは、たった一個のボールが真ん中を通っただけでなぎ倒される。
上に見えるパネルには、白黒の三角で四等分されたアイコンが表示される。
「うわっ、ストライク二回目。凄いな
「
「それが出来る時点で凄いんだけど」
戸惑っている
わたしと一緒に席に座って観戦しているはるちゃんは、スマートフォンを片手にボウリングの動画を探している。
投げ込まれていくボールは並べられたピンへ吸われ、右にズレたボールが四本ほどピンを薙ぎ倒していく。
続けて投げ込まれたボールは左に寄っていくが、レーンの端に寄っていきピンを二本だけ倒して奥へと消えていく。
「ああぁー左に行きすぎー」
「ガーターにならないだけマシでしょう、
「はる! もうちょっと分かりやすい動画無いの? あたしにでも出来る奴探して」
「そう言われても
ザント=アルターからメアとスカイを取り戻してから数日。
休日という事で
きっかけははるちゃんが見ていた動画。
うまく投げる方法といったボウリングの開設動画を見ていたはるちゃんが、遊び半分で二人に見せたのが原因だった。
動画の通りに投げるのを四苦八苦している横で、
面白いからとはるちゃんも悪ふざけを始めたので、見る見るうちにあまりやった事が無いと言っていた
ちなみにわたしは、計六回投げては四回はガーター。
残り二回の内、一回は端っこのピン一個を倒して、一回は勢いが足りずにレーンの途中で止まってしまった。
なので今は大人しく二人の応援に回っている。
「
「
「そんなこと言わずに勝負よ
「そんなこと考えてたの
「今の所惨敗している人間が言ってもねぇ」
呆れるわたしとはるちゃんを置いて、ハイテンポで投げていく二人。
わたしの言った通りストライクは入らなくはなったけれども、それでも高得点かスペアになるばかり。
対して
「
「そう思うのなら、もうちょっと真面目に止めてあげて欲しいんだけれど」
「それはちょっと面白くないのよね。カナデも見たくない? あの
「見たくないって言ったら嘘だけど、そこまで
昔から細かいことを考えるのが苦手で、頭に血が上ると意地でも勝負を繰り返す。
塞ぎ込んでいたわたしを連れ出してくれたのも、はるちゃんがアウトドアな活動に参加するのも、太陽みたいに輝いてはわたしたちを照らす
それが欠点と言えるけど、少なくともわたしはその手に引っ張られるのは嬉しいし、何だかんだはるちゃんも楽しみ方を見出している。
今挑まれている
「あー疲れる。
「そりゃあねぇ。カナデはずぅーと
「そんなに似てるかな?」
「眩しい位に笑顔で挑んでくる所は似ているわ」
「確かに。楽しんでいる所はよく似てる」
思った以上に早く最後の手番までを済ませた
ほんのり汗をかいている
大抵は本の話でジャンルは様々。
当たり前のように海外の本の話もしていたし、一般書から特殊な趣味趣向の内容の物まで。
気遣いなく好きな事を話しているのを見ていると、わたしも羨ましくなってたまに混ざりに行っている。
「
「ああ、
「当然!」
投げ終わった
スコアを見てみると、はるちゃんの言った通り大差がついていて、もう一度競ったしてもそう簡単に埋まる点数では無かった。
だからこそなのか顔を引きつらせている
「まだまだかかりそうね。カナデ、別の所行きましょう」
「う、うん。じゃあ二人とも、頑張ってね」
「ちょっと
心が痛むけれど、一度火がついた
何より勝負事で私にできる事は一つも無いので、止めようがない。
これは言い訳。
本当はボウリングをただ見ているのは退屈だからだ。
「そうは言っても、私たちが遊べる物はこの辺りよね」
「そうだね」
ボウリング場を離れてやって来たのは、ゲームセンター。
大音量のゲーム機たちが一度に動いて、遠くに居ても分かる騒音。
そこで遊んでいる人たちはある程度固まっていて、だいたいは座ってやる対戦ゲームや音楽ゲームばかり。
その他のゲームは人がいたとしても、終わったらすぐその場を離れていく。
その中でわたしたちがやるのは、お金を入れて商品を獲得するクレーンゲーム系。
対戦ゲーム系はわたしたちの中だとはるちゃんに勝てる人はいないし、音楽ゲームも同じだ。
そもそも
「わぁあああ……。この子かわいいー……」
「それって猫なの?
そうして見て回っている内に、白くて丸い猫のぬいぐるみが入った物を見つける。
見た目はほぼ巨大な毛玉で、柄として猫の顔が書かれている。
柄としては白と黒の一色の物と、二色とも使われている物。
茶トラとアメリカンショートヘアーの四種類が置かれている。
それが山盛りに積み上げられた、アームは専用の物がぶら下げて有り、人の頭とかでも余裕で掴めそうな大きさだ。
「はるちゃん、この子! この子お願い!」
「待ってカナデ。それどうやって持ち帰るの。向こうに小さいのがあるのからそっちにしよう」
「……この子が良い」
「いやまぁ、カナデが良いなら別にいいけど」
はるちゃんが指を差したのは、アームで商品を掴むタイプではなくて、商品をぶら下げた紐を切るタイプ。
そこに下げられているのは、同じデザインのストラップ。
確かに持ち運びやすさは断然ストラップだろう。
けれどもわたしが欲しいと思ったのは、最初に目に付いたぬいぐるみだ。
「お金はわたしが払うから」
「やるよ。やるけれども取れなそうなら途中で止めるからね」
「うん、分かってる」
という訳で崩して来た千円をはるちゃんに渡して、山になっているぬいぐるみの一番上に置かれてた白黒の二色のぬいぐるみを取って貰う事になった。
取れた瞬間を見逃さないために、ガラスに張り付いては動くアームの動きを追っていく。
「そういえばカナデのやりたい事って、見つかったの?」
「やりたい事?」
「この前落ち込んでた理由が、やりたいことが見つからないからって
「あー……それはね」
わたしのいない所で、メアとスカイの件をごまかす為に
自分のやりたいことでうまく行かずに落ち込んでいる、そういう事になっているから何か考えといてと言われていたが、結局のところ何も思いついてない。
「まだまだ全然。やっぱり皆がいないとわたし駄目みたい」
「そっか。カナデなら人の役に立ちたいとか言うと思ったけど、ちゃんと考えてるみたいだね」
「そうなると現実的じゃないというか、
人の役に立つ事。
将来やりたい事とかになると、まず思い浮かんでくるのは警察官や消防官などの公務員。
次に医者や介護とかの、直接人の命に係わる仕事。
そして農家とかの食べ物に携わる仕事。
そもそも仕事そのものが人の役に立つ事なので、何の仕事をしてみたいとかを考えたことの無いわたしからすると、何を考えても目の前のUFOキャッチャーみたいに考えが掴めず落ちていく。
「わたしが好きな事とかを考えてった方が早いのかな」
「カナデの好きな事? ……人助け?」
「そうなっちゃうよねー」
今やっている事の延長とするのなら、人の話を聞く事。
それを仕事にしている人って、カウンセラーとかの事なのだろうか。
「私もそろそろ真面目に考えないとなって思って、色々思い返したけれど。やりたい事って思った以上に考えつかないのね」
「はるちゃんは本が好きだから、小説家とかは?」
「私は書くより読む方が好きだから、その線は無いわね」
二人して将来やりたいことを悩んでいると、納得のいっていない表情を浮かべる
「お疲れ様。その様子だと
「
「無理……もう、無理……。
やっぱりというか何というか、この中で一番体力が無いのは
「今はるが取ろうとしているの、
「抱えて行こうかなって思ってるんだけど」
「これを? せめて袋を、あーでも入るのかなこれ」
持ち帰る方法を
彼女が指を差した場所へはるちゃんがアームを動かすと、落ちては位置がズレていくだけのぬいぐるみが不安定ながらも持ち上がり、ふらふらと投入口にまで行ったかと思うとすんなり取り出し口にまで落ちていく。
「――嘘でしょ」
「
「ああ、やっぱりそこで有ってのか」
「うん。
驚いているわたしと
あれって場所を見ただけで何とかなる物なのかな。
「はい、カナデこれ。頑張って持ち帰る事ね」
「取ってから言うのも何だけど、この後お昼にしようとかって話だったわよね。どうするのそれ」
「――……あー」
「はいはい考え無しね」
たぶんこのままお店に入ることを期待しているのだろう。
別にこのまま持っていく事自体にはわたしは構わないのだが、変に汚れたりするのが嫌だ。
「猫に、
「? どうしたの、
ぬいぐるみを抱えているわたしの顔を見て、
猫のぬいぐるみにわたし。
この組み合わせは夢の世界でのメアとわたしなのだが、流石にそれを知っている訳が無いのできっと別の事だろう。
例えば昔に拾った子猫とこのぬいぐるみがそっくりだとか、そう言ったことだと思う。
「何か二日ぐらい前に、夢で
「えっ、夢のせか……あれ? 昔のわたし?」
「昔のカナデって、何で今更。想像以上にカナデが悩んでいたの気にしてたのね」
「そうかも。うなされてた気もするし、単純に昔を思い出してただけかも」
ゲームセンターの音である程度は聞こえないはずなので、顔を寄せたりはしない。
「
「うん、会ってないよ。ほとんど
「なら普通の夢よね。てっきり巻き込まれたのかと思った」
「わたしも。考えてみれば昔のわたしと会ったっていう時点で、おかしいもんね」
余計な事を言いそうだから深くは聞かなかった。
昔のわたしに会う悪夢を見たとか言い始めるから、一瞬昔のわたしをコピーしたドッペルでもいるのかと思ったけど、それならわたしが今のままなのも謎になる。
それとも既に入れ替わった後で、ドッペルになった
改めて考えると、知らない内にわたしがわたしではないという事が簡単に起こる。
それがドッペルの入れ替わりの恐ろしさで、何気ない会話のはずが彼らの脅威を実感してしまう。
考えれば考えるほど、誰も彼も信用できなくなっていく。
いつも隣にいた人が、気が付いたらよく知っているだけの別の人になるなんて。
そんな地獄を作らないためにも、オネロスがいるのだと。
胸の中に刻み付ける。
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