33.DualDaydream
「んー……遊んだ遊んだ」
「
疲れきって声すら出さない
ボウリング同様に
対して
「わたし、ちょっと飲み物買ってくるね」
「ならあたしも行くよ」
「大丈夫。皆そこで待ってて」
「カナデ、迷子にならないでね」
「そこまで方向音痴じゃないって」
近場の休憩所を指差して、わたしは自動販売機を探しに走り出す。
施設内なら迷うことはないだろうし、仮に外へ出て道が分からなくなっても、スマートフォンがあるから道を調べれば良い。
確か施設全体の入り口近くに有ったと思うので、ひとまずそこへ目指して足を進める。
「あったあった。良かった覚えてて」
売り切れの文字が一つも点灯していない、自動販売機。
上半分が冷たいもので、残りは暖かいもの。
売っているのは水にお茶と缶コーヒー、炭酸やココア、飲むタイプのゼリーも置いてある。
喉が乾いている人には、お茶だろうか。
スポーツドリンクでも良いかなと考えていると、視界の端に写ったものが気になり、施設の外へ目を向ける。
遠目に見えたのは、ベンチに座ったままの人影。
フードをかぶり動いているのかすら怪しい人が、日が落ちてきたとはいえ、そのままでいる。
(あの人、大丈夫かな……)
目を細めて見ると、両手は力無く投げ出されていて、完全に背もたれへ寄りかかっていた。
あまりにも無防備過ぎて、わたしの方が不安になってくる。
飲み物よりも他人の安全第一と思い、外へ出る。
変わらず動かないその人は、実は人形なんじゃないかと思うほど、反応が無い。
これで死んでいました、とか。
そんなことになっていたら、わたしはどうすれば良いのだろう。
「あのー……大丈夫ですか? どこか具合が悪いとか……」
近付いて分かったのは、フード付きのパーカーにデニムパンツを着た女の子だということ。
不安になるぐらい色白で、力の入っていない手足は細く、わずかに上下する胸を見なければ、死体と勘違いしそうなほど。
彼女に声をかけた途端、全く別のものと視線が合う。
それは彼女の膝の上で丸まっていた毛玉。
満月の瞳でこちらを見てくる、真っ黒な猫だった。
他にも隣には別の猫がいて、見れば見るほど気配を隠した猫を見つけることが出来る。
「ね、猫がいっぱいだ」
猫を愛でている間に寝てしまったのか、それとも寝た後に猫が集まってきたのか。
どちらにせよ、彼女を囲む猫たちはわたしを一瞥するだけで、警戒したりもしない。
「猫がいるとはいえ、女の子が一人で寝ているのは不味いよね」
目立った荷物が見当たらないから、この辺りの人なのだろうか。
それでもこの状況は不味いだろうし、肩を揺すって起こしてあげようと手を伸ばす。
膝の上で丸まっていた猫が、耳を立てたかと思うと尻尾を伸ばして半目で鳴いてくる。
「んなぁーぉ」
「えっ……もしかしてダメなの」
「ぅぅんー」
とても判断に困る。
隣にいる猫は伸び伸びと体を伸ばしては、彼女の左手を枕にしているし。
足元にいる猫は、お腹を足の上に乗せている。
膝の上の猫が鳴いたからと言って、他の猫は自由に寝ているから、何かがあってここに固まっている訳では無いのかも。
当の本猫もそれ以上は何も言わず、頭をこちらを見たまま。
行き場を失った右手をどうしようかなと考えたけれど、特に思い付かなかったので、膝を屈めて猫の頭を撫でる。
「単に撫でて欲しかったんだね」
単純に頭を撫でたり、指で軽く擦ったり。
そのままの流れで背中を撫でたり、喉元を触ったりもした。
目を閉じて堪能する表情や、ゴロゴロと喉を鳴らしているところを見ると、どうやらこれで合っていたみたいだ。
そうして猫のお願いを聞いていると、次第に他の猫たちがわたしの周りに群がり始める。
足元を重点的に擦りついて来たと思うと、中でも小柄な猫が背中に飛び乗ってくる。
「うわっ……なになに、何なの」
次々と彼女から離れていく猫たち。
目の前の女の子から逃げているのか、わたしを捕まえているのか。
とにかく女の子から距離を取る猫に戸惑いながらも視線を上へ上げると、フードの影で眠たげな目が重く開かれる。
ひどく冷めきった、感情の読み取れない冷ややかな目。
怒っているとか悲しんでいるとか、そういうものじゃなかった。
「あの……一人だけで寝ているのは危ないと思って、それで声をかけたらこの子たちが……」
わたしの前まで来ていて猫を一匹持ち上げて、この状況を説明しようと試みてみる。
正しいことをしたはずなのに心臓がうるさくなっていき、悪いことをした気分になっていく。
周りの猫たちもさっきまでは動物園みたいに皆元気だったのに、今ではわたしの持っている猫が喉を鳴らしているぐらいで、他は静かだ。
「……そう。有り難う」
風の音にまぎれそうな静かなお礼が耳に届く。
深く息を吸っては吐いて、彼女は両手に力を入れる。
ふら付く体はあっという間にバランスを崩して、わたしに向けて細い体が倒れ込んでくる。
猫たちは慌てて散り散りになり、わたしは全身を使って彼女を受け止める。
急だった上に座った状態だったので、後ろへかかる力に耐え切れず一緒に倒れ込んでしまう。
「――……うわぁ!」
「――っ……」
背中より地面へぶつかった後頭部の方が痛かった。
見た目通りに軽い彼女からは温もりを感じ、不安になるイメージが離れていく。
大きめの猫が乗っかって来たといったイメージが今度は沸き上がり、思わず抱きしめてしまった女の子の体は、下手したらわたしの力でも折れてしまうのは無いかと考えるほどだった。
ほんのり香るアルコールの臭いと陽の香りが混ざる。
「ごめんなさい、大丈夫ですか? やっぱり具合が悪いんじゃ……」
「これぐらい、平気。大丈夫だから」
鈍い動きで両腕に力を込めて、彼女は体を起こす。
それでも中々立てずに女の子と目が合う。
フードの中で短い髪が揺れ、陰になっていた顔全体がこの距離でようやくはっきり見える。
「嘘、でしょう……」
全身の血が下がっていく。
さっきまで考えていた色々が、微塵となって消えていく。
世界には自分と似ている人が三人いる。
そんな話を聞いた事があるし、現に夢の世界ではドッペルにわたしの姿を真似されたこともある。
だけど目の前にいる人は、そう言った仮定とか能力でもない。
――だって昔のわたしがそのまま成長したような姿をしていたから。
光の無い目、声を出すことを嫌がっている結ばれた口、邪魔だと思って切った髪。
それをそのままではなく、より深くより暗く、常に悪夢を見ているかのように堕ちたわたし。
合わせ鏡で見えてくる、表と裏の先の先。
あの日のまま過ぎ去った、過去のわたし。
彼女のわたしを見る目が、覚えのあるものになっていく。
昔に鏡で自分を見た時と同じ、拒絶の目。
もう一挙手一投足全てが記憶に重なっていく。
力なく体を支える姿すら、ありありと記憶から蘇る。
「ごめんね」
あの時とは違う、冷たいけれど優しく撫でる声。
目線の逸らし方もそのままで、苦しそうにしている顔も鏡で見たことのあるまま。
彼女が何かを言いたいのが、手に取るように分かる。
だったわたしがこの顔をしている時は、いつも泣きたくて謝りたくて苦しいと叫びたい時だったから。
ふらつく体をどうにか立たせた彼女はそのまま踵を返して、施設の敷地外へと歩みを進めていく。
上体を起こして手を伸ばそうとする。
声も出そうとしたし、まとまっていないけれども掛ける言葉も浮かんでいる。
なのにその背中を見送るしか出来なくて、足はすくんだまま追いかけることも出来ない。
彼女の姿を見失った辺りでこちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
振り返ると肩で息をしている
「
いつもの調子で声を出している様子から、わたしが遅いので自分で買ってきたのだろう。
その後にいつまでも戻ってこないわたしを迷子だと思って探しに来た、そう言った感じだった。
「
「何。まさか転んで足をひねったとか言わないよね」
「わたし、ドッペルゲンガーと会っちゃった……」
「はぁ? ドッペルゲンガーって、
「ううん違う。ついさっきここで。昔のわたしのそっくりさんに」
言葉遊びをしているつもりはない。
真剣に、真面目に、
「わたし死んじゃうのかな」
「足を怪我したんじゃなくて、頭を打ったみたいね」
肩を落としてため息を吐く
確かに後頭部はぶつけたけれども、ならあれは本当に幻覚とか勘違いだったのだろうか。
抱えた温もりとか、横切った香りとか、あの声は。
全部わたしの悪い夢だったのかな。
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