4章 -花咲く月下に嘲笑は踊る-

13.冥幽夜会

 小さな小さな玩具の世界。

 たった一部屋だけの、玩具箱。

 散らばるありとあらゆる玩具達は、どれも歪な笑顔で人の不幸を笑っている。


「ああッ、良いよッ! "鍵姫かぎひめ"への嫌がらせが、思わぬ収穫になった!」


 四肢がもがれた人形の上で興奮する、男装の麗人。

 一房のみ白に染めた赤銅の短髪。

 青緑の双眸そうぼうは、喜びに満ちている。

 着こなした男の服装からでも女性らしい部分も見てとれ、上げるアルトの声も興奮混じりで変質的。


 頬を染めて興奮止まぬ表情で見ているのは、部屋の中央に朧気おぼろげに映る撫子なでしこ色の少女。


「あの純粋そうな子を、大好きな人の前で食べたら、いったいどんな声で哭いてくれるんだろう」


 彼女は胸も下半身も膨らんでおり、恍惚こうこつのまま身悶え悦に浸る。


 それをぼんやりと眺めているのは、黒羊のぬいぐるみに埋もれた、眠たげな女性。

 荒れ放題の黒の長髪に、琥珀の目は瞳孔が水平になっている。

 両側頭部には、渦巻いた光沢のある黒の羊の角。

 服装はあろうことか、サイズが大幅に合っていないTシャツ一枚のみ。

 精一杯彼女の肢体を隠すTシャツの前部分には、縦書きで"すいみん"の四文字。


「……プーケさんはひつじ。ひつじ、ひつじ」


 虚ろな目で言葉を呟く彼女は、無造作に置かれたぬいぐるみたちの冷たい体に、顔を埋める。

 熱の灯らぬぬいぐるみたちを感じては、安堵の表情を浮かべる。


「――エンプーサ=モロス。プロヴァト=ケール。下らぬ戯れ言を述べるだけなら、オレは失礼する」


 鎖で縛られた棺に腰掛け、腕を組み二人を一瞥するのは、老いた男性。

 褪せた銀髪に刃物そのもと言える黒鉄の瞳。

 寒国の厚着の上からでも分かる鍛えられた肉体は、城壁にして一振りの剣。


 エンプーサ=モロスと呼ばれた男装の麗人は、それに気付き肩を竦める。

 プロヴァト=ケールと呼ばれた女性は、視線のみを彼に向ける。


「分かった分かった。せめて情報共有した後に趣味に走れってことだろう? ザント=アルター」

「それが、この"冥幽夜会めいゆうやかい"の意義だ」

「……ザントはいっつもせっかちだ」

「情報は力だ。時に物理的なもの以上の結果をもたらす」


 静かに目を伏せる彼の動きは、謂わば納刀。

 戦意は散り、二人は深く息を吐く。


「良いところだったけど、抜き身の剣をちらつかせて、情報寄越せと言われちゃ仕方ない。必要分の仕事はしますよ」

「……アタシは特に無いからパス」


 早速寝息を立て始める彼女を余所に、二人は話を始める。


「プーケは相変わらずだ。――さて、ボクが持っている情報は三つ。うち一つはいつものだよ」


 人差し指を立てて、エンプーサは部屋の中央に映る撫子色の少女に浮わついた表情を向ける。


「一つはこの子。"鍵姫かぎひめ"と接触した新しいオネロスだ。自然発生の奴とは言え、集合体を二撃で倒してた。心なしか君と似た戦い方だったよ、この子」

「そうか。オレの他にも愚者がいるのだな」


 それは共感か、静寂の怒りか。

 ザント=アルターと呼ばれた男は、憐れみの視線で虚像の少女を見る。


 虚像が乱れて、次に映ったのは黒のドレスを着込んだ金髪の少女。


「次は"鍵姫かぎひめ"。モルフェスはギリギリの癖に、パンタスは優秀だからさ。拠点侵入は困難で、その上倒す悪夢を取捨選択されて各個撃破。守り固すぎ」

「此度の件で火力は得たのだろう? ならば其奴を釣り、外に誘い出せば良い」

「"略奪者"は言うことが違うねぇ。意外とその子に興味を持ってたり」

「同類とあらば否定はせん。だがオレに光を魅せたのは、未だ"死神"しかおらん」


 目を伏せるザントは、次に映された少女に鋭利な視線を向ける。

 綻ぶ口元。

 心踊る好敵手の姿を目にし、再び剣は抜き放たれる。


 藍色のエプロンドレスに、嘲笑あざわらう暗色の猫の仮面。


「最後は"死神"とナイトメア。一ヶ月で50以上の悪夢を見事狩ってくれたよ」

「やはり"死神"こそ我が奪還者。至高の財宝なれど、再び相見える事を切に願う」

「えーそうかなー。ボクはナイトメアの方が好み何だけど」

「貴様の趣向なぞ知らん。奪還者が貴様に憎悪を燃やすのは既知の事だろう」

「昔の話だし、ボクはナイトメアに会いに行っただけで、オネロスの方はどうでもいいよ」


 エンプーサの嫌がる態度に、ザントは眉を潜める。

 "死神"から視線を外し、刃の瞳で同胞を眺める彼は、抱いた疑問を口にする。


「ならば何故オレの同類に熱を持つ。アレはオネロスであり、悪夢では無い」

「確かにボクの好きな悪夢じゃなくて、人間だね。でもああいう眩しい子は、絶望がとっても合うんだよ」


 ならば奈落の底で怨嗟の声を吐き、この世の悪を滅すると誓う奪還者は違うのか。

 そう言いたくなったザントは口を紡ぐ。


 エンプーサが持っている情報は全て聞き、この場に用は無いと去ろうとしたところで、寝ていた筈のプロヴァトが声を出す。


「……そういえば、あの人・・・から伝言。お祭りやるなら案があるって」

「お祭りって……。あの人の言うお祭りは、あの人が楽しい事であって、悪夢ボクたち人間かれら。全員被害が出るじゃないか」

「貴様と大差無い、エンプーサ=モロス」


 違う違うと否定するエンプーサを、ザントは黙して受け流す。

 欠伸をするプロヴァトは、退屈そうに天井を見上げる。


「……取り替え子チェンジリングに、オネロスの創造。敵でないだけで味方じゃないからね、あの人」

「生まれた悪夢に人間と入れ替わるよう唆したと思ったら、今度は人間と悪夢による悪夢殲滅せんめつ。本当に自由な人だ」

「この"冥幽夜会めいゆうやかい"も、ただの戯れ。自己の快楽しか興味の無い方だ。敵だ味方だ等些細ささいな事」


 それぞれが共通の人物を想像する。

 彼らを集め人を襲わせ、そして人と悪夢が手を組み彼らと戦う。

 まるで盤上の遊戯ゆうぎが如く、優勢と劣勢の組織を組み上げ競わせる。


「下らぬ。アレは此方が出向かずとも、勝手に来るだろう」

「だろうね。まぁそういう訳で、今夜の夜会は閉会。当面"鍵姫かぎひめ"の落城を目標にやろうか」

「……はーい」


 気の抜けたプロヴァトの返事を最後に、玩具の部屋は明るく染まる。

 日が昇り、暗い夜が消えていく。


 冥幽夜会めいゆうやかい

 それは、悪夢が集い人を闇夜の虚ろへ堕とす、暗い暗い悪魔の集会。

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