14.白昼夢
日が傾き始め、空がほんのり赤みを帯びていく。
賑わう校舎からは、同じ行き先に向かう生徒たちが先へ先へと歩いていく。
荷物の入ったカバンを右手で持ち、半端に履いた靴の爪先を叩いて整える。
「ほら、
「
「今日は特に用事がないし、急いで帰らないとゆっくり休めなくなるかもよ」
そう言って、
人が頼み事をされやすいのを、体質上の不幸か何かと思っているのか。
そんなゲームの確率みたいな事を言われても、どうしようもない。
靴を履き終えて、慌てて二人に小走りで駆け寄る。
「お待たせ、二人とも」
「はい、それじゃあ行こうか」
子供みたいな扱いだけど、優しく髪が乱れないようにしてくれるので、悪い気はしない。
大切にしてくれているのがちゃんと伝わってくるので、とても嬉しい。
「今週もこれで終わり。明日から休みね」
「だね。
わたしの歩幅に合わせて、二人は歩いてくれる。
二人より身長が低く、さらに元々歩幅を広げて歩く訳ではないわたしは、運動はできるだけであって歩くのは遅い。
そんなわたしに
「私はWeb小説読んでるかな。続きが気になっているのとか、色々とあるし」
「わたしはお店の手伝いだね」
「はるは引きこもって、
わたしの家は自営業の定食屋さん。
隣町の知り合いの農家から安値で野菜を買い、お父さんが料理を。
お母さんが接客で、小さいながらも営業している。
わたしが不器用で呼び込みしかできない為か、こうして休みの日は
「つまり
「そうよ悪い? だからアルバイトしに行くのよ」
「なら私も行こうかな。本を読みに」
「来るなら働きなさいよ」
「気が向いたらね」
なのでわたしとはるちゃんだけだと、黙々とお互いのしたい事をするのがほとんどだ。
積極的に引っ張ってくれる
「――
校門を出た辺りで、誰かに声をかけられる。
何故か知っていると思った女の子の声。
振り向くと、うちの学校ではない、別の制服を着た子が立っていた。
わたしよりも身長が低く、長い髪は黄色のヘアゴムでまとめられ、左肩から前に垂らされている。
顔も整っていて、立ち姿から気品すら感じ取れる。
こんな綺麗な子がわたしの名前を呼ぶなんて、何だろう?
「はい、大丈夫ですよ」
「うわ、
私立赤心高等学校。
ここから徒歩で20分の所にある、私立高。
名前もそれで知っていると考えたら、不思議ではない。
「そうですね。まぁそういう事にしましょうか。――そんなに時間は取りません」
「それは有り難い」
「はるちゃんがそれ言うんだ……」
完全に帰る気分だったのか、はるちゃんはあまり乗り気ではなかった。
話を聞くのはわたしだけど、それ以外の事があるとフォローに回るのは二人なので、自分の不器用さが憎くなる。
「私は
聞いた覚えのある名前だなと思った矢先、デイドリームの言葉に反応して、頭が痛みだす。
頭の中にいちご色の猫のぬいぐるみ――メアの姿がよぎり、だんだんと記憶がはっきりしてくる。
メアのこと、
それに、ウートさんや……
アリスとナイトメアのこと。
「えーと」
急に思い出したせいか、整理整頓が追い付かない。
どうして夢の記憶を今思い出したのか。
なぜ
さっきのデイドリームとは何なのか。
「これは少し語弊がありますね。正確には"悪夢"についてです」
「わーっ! わーっ! ちょっとこっちに来て
「え、ちょっと」
声のトーンを下げて、周りに聞こえないように
「ドッペルの名前を出しちゃダメだと思います」
「思い出したかと思ったら、慌ただしいわね。大丈夫よ、"悪夢"呼びならいくらでも誤魔化せる」
記憶のある通りの
さっきまでの雰囲気を思い出すと、今は違和感がある。
「色々聞きたいけど、その……今はダメ! わたし嘘下手なの!」
「ああ、友達には隠したいのね。嘘云々は言えないと正直に言いなさい」
察してくれるのは良いけど、嘘が苦手なのすらあっさり納得されるのは腑に落ちない。
「
「ごめん。その何と言うか――」
「
「そうそう」
二人が顔を見合わせる。
疑問はあるけど、わたしならあり得るかと納得はしているみたいだ。
確かに二日前の夢で出会って、
オネロスの変身状態の方がよく見ていたので、違う格好っていうのも合っている。
こうやって嘘をつくのかと思うと同時に、わたしには無理だと確信する。
……ちょっと待って欲しい。
これでは私がぼうっとしてして、相手の顔を忘れていたみたいじゃないか。
「忘れてた訳じゃないよ?」
「カナデならあり得るし、私も忘れるね」
「こいつらは本当にもう」
呆れる
「しかし
「面倒? 何で?」
でもわたしと一緒だと尚更みたいな言い方をされるのは、自然と首を傾げてしまう。
後、何でも屋って何だろう。
「そりゃあ才能溢れる天才美少女と、皆大好きマスコットが一緒にいる。そんなの男だろうが女だろうが、
「私はただ周りの頼み事だけをこなしただけなんですけど、いつの間にかそんな話になってしまって」
聞けば
勉強も家事もスポーツも。
ある程度は簡単にこなし、特に物作りに関しては群を抜いて才能を振るっている。
その上頼み事を笑顔で受けてくれるので、学校では大人気らしい。
「……断らないじゃなくて、断れないの! 何度かやったら泣き出す子が出てきちゃって。罪悪感で一杯になるのが嫌なの!」
小声で本人の補足が聞こえる。
泣き顔を見た日は家でずっと考え込んで、断れなかったらそれはそれで、いつも家で次こそはって唸っているらしい。
天才って言われても、わたしの印象はウートさんと一緒にいるときの自然体が思い浮かぶ。
意思が弱いとモルフェスも弱い、だったかな。
そんなことを再開したメアとウートさんが言っていた。
「とりあえず
「いや引っ張らなくても歩くから。止めて離して」
本来ならわたしと帰る道とは別の道を、二人は歩いていく。
おそらくはるちゃんは、わたしが記憶を思い出した辺りに引っ掛かりを覚えたのだろう。
わたしの嘘をついている時の癖は覚えられてるし、わたしが隠し事をしたい時はだいたい
前に嘘の吐き方を少しは覚えた方が良いのかなと聞いたら、分かりやすいからそのままの方が良いと言われてしまった。
「……私たちも行きましょうか。話は歩きながらでも」
「そうだね」
言葉遣いを戻して歩き始める
色々と考えて、体裁を崩さないように振る舞っていたのだろう。
自然体に戻した彼女は、少し楽しそうだった。
「家はどの辺り? 場合によっては店に行きましょう」
「えっとね」
住所を教える。
指を指して方向も示したら、少し困っていた。
「え、あれ? ……あー私の家と近いから別れるまで行きましょうか」
「うん」
どうしたんだろうか。
驚きと困った表情が混ざっている、何とも言えない顔。
歯切れの悪い反応に、わたしも不思議に思いながら頷く。
*
高校から離れて三十分ほど。
わたしたちはドッペルに関しての話よりも、お互いの事で盛り上がっていた。
「小さいときに友達からもらったゴムかー。その子は今どうしてるの?」
「記憶は曖昧だし、気が付いたら持ってた程度。だからその子の事は分からないし、名前も知らない」
まとめられた髪をいじる
それは昔に、泣きそうな目にあった
頭を撫で、この方が可愛いと涙を拭って髪を結ってくれた、名も知らない子供。
下手に何でもできるからこそ、ちょっとした失敗で大きく心が揺れる。
心が折れそうになった時、その子を思い出して励まされているらしい。
「昔の思い出、良いなぁ。わたし両親に預けられる前の記憶が無いんだよね」
「貴女普段からぼんやりしてそうなのに、いきなり重い話をしないでよ」
「だから、信頼できる人にしかこの話はしてないよ。変に気を回されても疲れちゃうし、学校でも今は
こうやって話せるぐらいには、あの時のことを飲み込めてきているのだ。
同情を買いたい訳では無く、そういうわたしがいたのだと。
好きな人には知ってもらいたい。
「わたしね、小学校から中学校に上がるぐらいは誰もが嫌いで、両親も信用できずに部屋に引きこもってたの」
歩くのさえ止めるなんて、そんなに予想外だったのだろうか。
「それより前で覚えていることは、たった一人だけの友達がいたっていうこと。それ以外は否応も無い他人への嫌悪感だけが残っていたの」
通学路として通っている川沿いの土手に、少しずつ濃くっていく茜色が当てられる。
吹き抜ける風は湿り気があるものの、暑いよりは温くなっている。
お別れを告げる夕焼け。
今も残っている昔の記憶には、こんな綺麗な茜色ではなく灰色の粘液を塗りたくった空。
沈まず昇っていく太陽は、高くなるたびに泥となって溶けていく。
黒い絵の具で顔に落書きされた友達は、必死に手を伸ばしてくれていたのに、わたしはただそれを見ているだけ。
友達が離れているのか、わたしが離れているのか。
それすらも曖昧で、叫んでいた友達の声もノイズがかかっている。
「誰かに友達から引き離されたみたいで、預かってくれた両親すらも心配している仮面をかぶった悪人にしか見えなかった」
記憶がない理由は、今でも分からない。
お医者さんが言うには、強いショックによるものらしいけど確かめる方法はない。
予想はできるし、
結果はでなかったけどね。
「食べ物が喉に通らなくて、病気になるくらい痩せた。不眠症とリストカットもあって体はボロボロ。何度も倒れては病院の先生と両親にお世話になって、また繰り返してた」
死にたかったわけじゃない。
一番嫌いだったのは自分自身で、いつもごめんなさいって謝りながら食べ物を戻して、部屋に入っては腕どころか全身を傷つけた。
腕も足も、カッターを没収されてからは爪を使い込んだし、血が出るほど腕も噛んだ。
「そんなわたしは、そうなってしまったわたし自身が大嫌いで、どんどん世界が嫌になっていったの」
どうしてこんなわたしに世界は優しくしてくれるのか。
どうして貴方たちはわたしに優しくしてくれるのか。
ずっと、ずっと。
悩み苦しんでは、それを素直に受け取れない自分を傷つけた。
「でもね、ある時ヒーローが現れたの」
「ヒーロー……?」
やっと声を出して反応してくれた
あまりにもベタすぎる、心が止んだ少女の前に現れる
物語として王道で、憧れる人は決してく少ない無敵の存在。
そんな人に、わたしは出会えたのだ。
「遊ぼう、って。言ってくれたの。――何も聞かず、言わず。入院していた病室にこっそり忍び込んできた子どもがね」
夜明けの光だった。
病んだわたしに気を使って優しい言葉を投げかけた訳ではない。
気持ち悪いと、わたしを拒絶する言葉でもない。
無遠慮に、気遣いなく、対等に。
肯定も否定もしないで、やりたいことを言ってくれる人。
「それが、
「重いし長い。ああもう……なんて話聞かせてくれるの」
目が潤んでいる
いくら短い時間といえど協力してドッペルを倒し、帰り道にずっと話していたとしても。
会って間もない人に聞かせる話ではない。
暗いし重いし、わたしの救いも他人から見れば他愛のないものだ。
明らかに距離を置かれることをやっていると、今更気が付く。
「いい? 貴女の友達はドッペルに関わらせないし、貴女自身も無茶をしない。分かった?」
「う、うん。……あれ?」
両肩を掴まれて涙目で言われる。
身長差のせいで
引かれていない訳はない。
でも、考えていたことよりはるかにプラスな反応だった。
「可哀そう、とかは言わないわよ。今は真逆にポジティブなんだから、そこら辺は遠慮する気はないわ。でも、そうでもよ。貴女みたいな人がそんな事を言うと、本気で気を使うしかないじゃない!」
「ゆづき、さん……! 待って、落ち着いて……!」
両肩を揺すられるわたしはなすがまま、抵抗とかはできなかった。
中学3年の時にこの話をしたときは、逆効果で友達ができなかったからこうなるのは予想外だった。
「その話、私にした事を後悔しなさい。何かあったら徹底的に尽くしてあげるわ」
「わたし、そんなつもりで話したわけじゃ――」
「黙りなさい。貴女は人に尽くすんじゃなくて、尽くされるべきよ」
清々しい笑顔を向けてくる
画面を操作して、わたしの目の前に向けられた画面にはSNSアプリのバーコード。
「困った事が有ったらあの二人だけじゃなくて、私にも頼りなさい。ほら連絡先を交換するわよ」
「それは良いんだけど。困り事はわたしだけじゃないから、
「貴女何もできないでしょうが」
「一人で抱え込むよりはマシだと思うよ」
二人で顔を見合わせる。
ちょっとした間を挟み、わたしたちは自然と頬が緩む。
「じゃあ、何かあったら
「結局そうなりそうね。現実でも、夢の中でも」
現実ではわたしと
夢の世界ではわたしたちと、メアにウートさん。
根拠は無いけど、以前よりもできることが増えた気がする。
「じゃあ行きましょう。重い話はもうしなくていいわよ」
「わたしの思い出って、半分くらいそういう話になりそうなんだけど」
「じゃあ今からは残り半分を話しなさい」
連絡先の交換をし終えたわたしたちは、帰り道を再び歩き始める。
なるべく楽しい話をしようと、お互いに話題を探し合う。
そうやって話している内にわたしの家が近くなってきたのに気が付き、一つの疑問が生まれる。
ここまで来てなんだけど、
わたしの家が見え始めた辺りまで来て、やっと疑問を投げかける。
「
「……貴女の家って定食屋って言ってたわよね」
「うん。ほら、あそこだよ」
すぐそこに見える二階建ての建物を指さす。
一階が定食屋で二階が住居になっている、この辺りではそれなりの大きさの建物だ。
それに対して
わたしの家とは比べ物にならないくらい、立派な一軒家だ。
お金持ちが住んでいると言われたら、簡単に信じてしまう位。
「あれがうちよ。その、つまりね――」
「ご近所さん?」
「……」
「――えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
すぐに近所迷惑だと、
オネロスの先輩である彼女とは、こうして現実ではご近所付き合いをすることとなった。
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