4.可憐な花と甘いお菓子
誰かが意識を投げ出したわたしの体を前から支える。
ゆっくりとわたしの体は横たわり、失いかけていた意識は不思議とはっきりしたまま。
まるでお菓子屋の前に来たような甘い香りが、気分を落ち着かせてくれる。
『おヤおヤ、
誰かが横になるわたしの隣に座りこむ。
薄っすらと目を開き見えるのは、右足だけを立てて左足を伸ばす細い足。
何とか見える右膝に乗せられた腕も、同じく細く頼りない。
どうやらメアではなさそうだ。
あの子は猫のぬいぐるみで、人の姿はしていない。
いったい、誰なのだろう。
意識ははっきりしてるのに、頭が回らない。
『そう、
視界に入ってくる小さな焼き菓子の欠片。
ブルーベリーとかなのかな。
紫のジャムも付いている。
欠片が地面にぶつかると、赤く光る桃色の花びらに変わって空に昇り、粒子となって消えていく。
声からして男の子なのかな。
女の子と間違えそうだけど、芯があってきっと真面目で優しい人。
『ワタしはアる日、とアる
力を振り絞って顔をあげようとする。
せめて目線だけでも上にと踏ん張るが、体が言う事を聞いてくれない。
何でだろう。
声の印象よりも年齢が上に感じる。
『ですガ、いざ店に
声を掛けようと必死に喉を鳴らす。
だけどわたしの口からは、声にならない声のみ。
聞いていられない音に、次第に自分自身に怒りを覚える。
お菓子が優先とか、彼女を優先とか。
そんな話じゃなくて、それは――
『照れ
両腕に力をこめる。
お腹にも足にも力を入れているのに、何度も何度も息が切れてばかりで、体を起こせない。
ただ見ているしか出来ない。
視線を交わすことも、声をかけることも出来ない。
今のわたしは夢を語る彼の終わりを見届けるだけの、ただの観客に過ぎない。
……本当に聞き届けるしか、わたしには出来ないの?
『そんナ
苦笑しているのが、分かる。
そんな悲しいことを言わないで。
その人への想いも、お菓子への想いも。
どちらも本物だと思うから。
『言いマしタよね、
右手が見える。
ピントがあったそれは、ひどい位にヒビ割れていて、欠けた部分から花びらに変わる。
流れるのは赤い液体ではなく、薄い赤の光。
ヒガン花。
自然と頭に浮かんだ赤い花が、背筋を凍らせる。
『良カっタですね。お嬢サんの想いハ、
崩れる右手が、わたしの頭を撫でる。
ああ、この手。
うん、そうだよ。
忘れちゃだめだよ、彼を。
『そうダ。良カっタラ是非、
『――言いたいことは全部言うメア。そうでないと、また悪い夢を見るメアよ』
言葉に詰まる彼を、メアが後押しする。
そうだよ。
メアの言う通り。
どちらかを下げる必要なんてない。
どっちも取って良いんだよ。
それが、夢っていうものなんだから。
『……。――彼女の笑顔で渡される菓子は、とても。ええ、とても美味しいですよ。お嬢さん』
ほんのり顔を赤めらせて、目線を下にずらした青年の顔が見えた気がする。
それから、お店の名前と場所を教えて貰った。
例の店員さんの名前は知らないらしいので、容姿だけを教えて貰う。
それから、あと教えて貰いたいものがある。
『名前。アンタの名前はなにメア』
ありがとう、メア。
わたしの聞きたい事、よく分かったね。
『おヤ。それハですね。――
そう言って彼の名前を耳打ちしてくれる。
わたしの空いた手にお菓子を握らせながらそれを言うのは、ずるいよ。
なんでそれを彼女にしなかったのかな。
『それでハ今後も良い夢を、お嬢サん。どうカ、
今度こそ、意識が離れていく。
甘く切ないお菓子の彼に、甘い甘い花が届かんことを。
*
カーテンの引かれた窓から朝陽が差し込み、まぶしくて目を開く。
ぼんやりとする意識の中、目をこすり握られた右手を開いて、中を見る。
何故か痛いほど握られていた右手の中には、当然何もない。
甘い悪夢を見た気がする。
自分でも何を言っているのか分からない。
だけど、しっかりと洋菓子のお店と、知らない女性の見た目が浮かんでくる。
欠伸をしていないのに、目から涙が零れてくる。
「お店に行かないと……」
幸いにも今日は土曜日。
学校がある日でないし、部活とかの特別な用事とかも無い。
身支度をして、お店の場所をインターネットで調べる。
同じ町の中ではあったので、正確な住所を調べるだけで済んだ。
道中、行ったことも無いのにそこのお菓子は美味しいと、謎の自信に満ちていた。
自然と足取りが速くなり、どうしても急がなくてならないと思った。
何でそんなに期待?
ううん、焦らなくちゃいけないんだろう。
なんで。
なんででだろう。
何でって、それは――
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