salvation

 裸で抱き合った状態で目が覚めた。聡吏さとりはまだ寝てる。あんなことずっとしてたら疲れるのは当然か。

 聡吏を起こさないようにゆっくり……。

「……さむいよ……。」

 まずい。起きちゃったみたい。聡吏は私から手を離そうとしない。寝ぼけてるみたい。

「まだ夜だよ。二度寝しておいで。」

 そう言って頬に優しくキスしてあげると、聡吏は安心したようで私から手を離して静かに寝息を立て始めた。チョロい。かわいい。

 敷布団もクッションもないから、聡吏の上着を敷いた上で寝てた。お尻の辺りに敷いてる聡吏のスカートはびしょ濡れで、言いたくはないけど……汚い。で、掛け布団も毛布もないから私の上着にくるまって。

 脱ぎ散らかされてる中から私のパンツとブラだけ見つけたけど、シャツは同じデザインだから分からない。……でも、服を着ないと寒い。暗いしまだ寝ぼけてる目で適当にシャツを手に取る。……あっ、これ聡吏のだ。胸がちょっときつい。

 上着は……。掛け布団代わりになってるこれを取ると、聡吏は裸で隙間風の中に放置されてしまう。流石に聡吏が可哀そうだからそのままにしとこう。


 小屋から出て少し歩くと、風通しと見通しの良い崖がある。今が何時なのか分からないが、欠けた月と星だけが照らしてくれるだけの、今は真っ暗な夜。夜風が寝起きの私の目を冴えさせてくれる。

 目が覚めてきて、凪紗さんの薬が効いてるのが分かってきた。体の奥の違和感がなくなった……というか、そんなの忘れられるくらい力が湧き出してくる感じ。思考が研ぎ澄まされて、思考に思考が重なり更に思考されていく。脳が活発化してる。いや、脳のシナプスに関与している私の寄生体が活発化しているのか。細かい原理は知らないけど。

 そして、ようやく解った。宇宙を飛ぶ岩塊とともに地球までやってきたこの私がどういう存在なのか。


 私は寄生し、模倣する生物だ。


 うん、漸く理解することができた。ホモ・サピエンスは私が私であるためには少しばかり知的レベルが低かったんだ。凪紗さんの薬で覚醒したおかげで思考レベルが追いつき、思い出せた。

 私の目的は寄生し、模倣すること。知的生命体の築いた文明に寄生し、やがては模倣して乗っ取ることで生きている宇宙生物なんだ。この地球においては、人類に寄生し人類の文明を乗っ取ることで私たちの目的は完遂される。

 恐らく朝倉凪紗もここまで想像はできてないだろう。私がここまで害悪な生物なのだと分かってるなら協力的になってくれるわけがないから。


 月が雲で隠れていく。

 ああ、

「嫌だなあ。」

 本当に。

「なんで私は……。」

 人間じゃないんだろう。なんで私はこんな存在なんだろう。なんで、聡吏と私は違う生物なんだろう。

 でも。私はよく頑張った。だから、そろそろ楽になってもいい筈だ。

 とても良い地形をしている。勢いよく飛んだら十数メートル下で突き出してる岩に体を打ち付けられ、樹木が林立する中を何度も衝突しながら転がり落ちることだろう。そして痛みにのたうち回りながら苦しんで死ぬ。私みたいな存在にはそんな最後がお似合いだ。


「………………………………はあ。」

 小さくため息を吐いた。どうしよう。体が動かない。

 結局、私は自発的に死に向かうことができないみたいだ。死ぬのは嫌で、怖くてたまらない。

 目を瞑った。まだ。あと10回深呼吸してから。いや、100数えてから。いや……

「はあ。」

 もう一度、ため息。

 なんて格好悪いんだ。いい加減認めろよ。私はまだ、こんな段階に来てすら救いを求めてる。知念聡吏が助けてくれるのを待ってる。でも、自分から動くのは恥ずかしくて、待つしかできない。マジでダサい。

「……聡吏。」

「なに?」

 寝ぼけた声が聞こえた。驚いて、思わず振り返った。

「起きてたなら、早く行こうよ。もう12時だよ。」

 月明かりに照らされている聡吏。寝ぼけてるんだろう、シャツしか着てない。下着を穿いてるか分からないから風がシャツを揺らすたびにひやひやする。

 スマホのロック画面の時計を見せてくれてて、時計は23時59分。……ちょうど今、0時になった。


 どうしよう。本当のことは言えるわけがない。

「あー、ごめん。外の空気が吸いたくなって。」

「……うん。」

 ヤバい。聡吏が何か言いたそうにしてる。絶対気づかれてる。

 最近になってようやく分かったこと。聡吏は意外と気づいてる。でも、言葉にするのが苦手だからか、どうしたらいいか分からないのか、アクションをすることはない。そういう女だ。

「私、もう喉乾いたしお腹もすいたし。早く人里まで降りちゃいたいんだよね。」

 聡吏は笑いながら言ってる。変な笑い方。陰キャってのは本当に抜けないものなんだな。作り笑いが下手すぎる。

「…………」

 そうだね、早く行こうか、とか言ってだらだらと関係を続けるのは簡単だ。変化することは大きなエネルギーが必要で、すごく面倒くさい。

 だから、今じゃないといけないと思った。今じゃなければ、次のチャンスはないかもしれない。それに、一番変われるのは今だと思った。グラフでいうと今が極大値になってる。今なら、相対的に、簡単だ。

「あのさ、」

 腹をくくる。言いたいことは決まってる。

 もう一度だけ息を大きく吸って、吐く。よし。


「私を殺して。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る