第35話

「私を殺して。」


 唐突な言葉で一気に目が覚めた。寝ぼけてスカートも下着も着けないでシャツだけで突っ立ってるのにようやく気づいた。……それは重要じゃない、宮の目が完全にキマってるのにようやく気づいた。

 何を言ってるんだ、この人は。いや、人じゃない。今喋ってるのは寄生生物の方。

「ちょ、ちょっと待ってよ。何がどういうことなのか分からないんだけど。」

 そう言われた宮は少し目を逸らして、でも、また私の目をしっかり見て、話し始める。

「ようやく思い出せたの。私はより高度な生命体に寄生して模倣して繁栄する、そんな生物。だから、私は人に寄生し模倣して、人の文明をそのまま享受することが目的の、人類の敵と言ってもいい。だから……」

「でも!」

 嫌だった。その先を言ってほしくなかった。

「……でも、宮は優しいじゃん。」

 どうしたらいいか分からなくて、どうしようもなく稚拙な言い訳をする。

「そうかな。」

 宮は俯いて、表情がわからない。

「私は宮川宮のフリをしているだけだから。この私は、宮川宮の性格を模倣しているだけだから。そんな私の優しさは、本当に優しい私を表してるって言えるのかな。」

「っ、でっ、でも!私は!」

 あれ?

「私は……」

 私は、私が好きなのは……誰なんだ?

 私は目の前の彼女に死んでほしくない。好きだから。でも、それは宮川宮を模倣したものだから、私は宮川宮が好きだと言えるんじゃないか?なら、人類の害悪である寄生生物に肩入れする義理はない?……でも、それでも、でも、

「私は……好きだから。死んでほしくないから。」

 どうしたらいいのか分からなくて、宮の手を握る。

「私に優しくしてくれる宮が好きだから。急にキスを迫ってくる宮が好きだから。顔がいいから。……私の初めてを、全部奪った宮に死んでほしくないから。」

 あれ?おかしいな、涙が溢れて止まらない。声が震えて止まらない。

「だから……殺せなんて言わないでよ……。」


 ひたすら沈黙が続く。沈黙の中、私のすすり泣く音だけが続く。

「じゃあ、宮川宮にも聞いてみようか。」

 と、宮が言う。

「え?」

「文字通り。今から少しの間だけ脳細胞への支配を止めるから、そしたら、宮川宮が出てくるはず。彼女にも聞いてみようよ。そしたら多数決できる。」

「まって、」

 そんなこと言われても理解できてない。心の準備ができてない。

「それじゃ、一、二の、三」

 ガクン、と力が抜けたように倒れる宮。慌てて抱き留める。

「宮?……大丈夫?」

 すぐに宮は自力で立ち上がった。

「ごめんなさい。」

 宮は私を目を合わせてすぐ、そう言った。

「全部私のせいだから。」

 表情が違った。雰囲気も違った。さっきまでの宮とは違う、これが正真正銘の宮川宮だ。そう思った。

「ヤマトを殺した後、私が死にきれなかったから。」

「ちょっと待って。……宮、なの?」

「…………」

 これは、安堵感なんだろうか。そういえば、そうだった。私はずっと宮川宮を救うために、彼女についてきた筈だった。

「……よかった。宮が、居る。」

 宮川宮の体で、生きて、動いている、宮川宮。

「……無理。」

 宮に抱き着こうとしたら、突き飛ばされた。わけが分からなくて、尻餅をついたまま動けない。

「ずっと無理だった。アイツがあんたとなれなれしくしてキスしてセックスして、全部無理。女同士であんなことするなんて本当に無理。あんたみたいなキモい陰キャとそんなことするなんて本当に無理。マジで無理。この体が無理。死にたい。今すぐ殺してほしいの!」

 宮の脚が伸びて、私の顔面に綺麗に蹴りが決まる直前。

「おっと、」

 足が止まった。宮が戻ってきたのだ。

「どう?宮川宮がどんな人間か分かった?」

「…………」

「そ。じゃあ、2対1で決まりだね。今すぐ私を殺して。」

「………………」

「あの死体を覚えてる?」

「………………」

「あれは、宮川宮にレイプした男。ヤマトっていう名前の男。宮川宮は、それが嫌で、殺したの。勘違いしてるかもしれないんだけど、あれを殺したのは”私”じゃないんだよ。……さあ、宮川宮は人を殺すことができた。聡吏は、どう?」

「……でも、私は……すき……だから…………」

「誰を?」

「私は……”宮”が好きだから……」

「宮川宮のことは、好き?」

「……………………」


 宮が沈黙を破った。

「あのさ、一つだけ、方法があるんだ。」

 宮が私の顎を持ち上げる。私は宮と目が合う。

「”私”が、あなたの中に入るの。そしたら、私は生き延びられる。残った宮川宮は……ここで、処分しちゃえばいい。」

 私は決意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る