第32話
「大丈夫?」
宮はいつも優しい。というか、誰にだって優しい。宮というか、今の宮も寄生の前の宮も。寄生のずっと前。……半年前を「ずっと前」なんて言っていいか分からないが。その時の話。
体育の授業だった。確か、バレーボールだったっけ。
本当に偶然だったのだが、出席番号だったかで振り分けられたチームで宮と一緒になったのだ。当然、今みたいに宮のことで躍起になるような仲じゃなくて、全然気にしてなかったのだが。
私はめちゃくちゃ運動神経が悪い。し、運動神経を改善しようとも思っていない。だから、その時も私の顔面にまっすぐ飛んできたボールに反応できたのは直撃した反動で後ろ向きにぶっ倒れた後だった。星が見えた。
なんとか上半身だけ持ち上げれた。めちゃくちゃ痛かったけど、ムカつくとかより大ごとにしたくないという気持ちが勝っちゃうのが私みたいな人間。
「大丈夫?」
私の顔を覗き込んで聞いてくれた宮に、でも、私は何も返事ができなかった。いや、しなかったんだ。
何も言わないまま立ち上がろうとしたら宮の目が真ん丸になって驚いてるのに気づいた。宮だけじゃない。他のみんなも。
鼻水が出てると思って指で拭って、でも、指に着いたのが鮮やかな赤色の液体で、それで私はようやく、自分は鼻血が出ているのだと気づいたのだった。
「先生!私が保健室に連れてきます!」
宮が言ってるのが聞こえた。
正直、そんなことしなくていいのに、なんて思ってた。既に宮からポケットティッシュも貰って、鼻血を拭うためにめちゃくちゃ使っちゃってるし、これ以上宮に借りを作りたくなかった。でも、大丈夫、一人で行ける、と主張するのは面倒くさい。
「大丈夫?」
その日、二回目の台詞。相変わらず私は返事をしないで無言。まだ顔面の痛みと鼻血で精一杯だったから、というのは稚拙な私の言い訳。
保健室に向かう廊下は宮と私の二人きり。宮と繋いでいる左手はなんだか気恥ずかしいくすぐったいような感覚がしてあまり好きじゃなかった。宮の手は冷たかった。
「授業中抜け出すのってなんかワクワクするよね。」
ああ、この人は静寂が苦手な人なんだな、と思った。当然、私のそれに対する返事はない。で、保健室まであと10メートルというところで私は立ちくらみがして意識が途切れた。
視界が明転して最初に見えたのは、また、心配そうに覗き込む宮だった。
「大丈夫?」
それで、逆張りオタクな私も認めざるを得なかった。宮は優しくて、いい人だ。陽キャだけど怖くない人だって。
「大丈夫?」
歩き疲れてしゃがみ込んだ私を覗き込んでる心配そうな顔の宮。あの時と変わらない。……宮の中身は全くの別物のはずなんだが。本当に、たまに忘れる。宮じゃないのに、そこに居る女はあまりにも宮川宮なのだ。
「……大丈夫。」
まだ1キロメートルも歩いていない。凪紗さんが言うには10キロメートルあるらしい。もう少しだけ、頑張ってみよう。なんて、宮の顔を見ているとそう思える。
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