escape with you

 あの扉を開けたら外に出られる。金属製の重そうな扉を開けようとした。

 扉は簡単に開いた。全くもって力を要さないほど。それは当然、扉を開いたのは私じゃなかったから。

 彼は驚いて硬直している私を見て言った。

「宮ちゃん……と呼んでいいのかな。」

 彼は、アイツ――知念ちねん聡吏さとりの父親、知念聡流さとる。寄生生物を専門で研究している大学教授……らしい。

「まさか宮ちゃんが寄生されてしまうとは。あの子が知ったらどう思うんだろう。」

「知ってるよ。」

「……?」

「アイツはもう私のこと知ってる。遅かったね。」

 そう言って笑うので精一杯だった。予想外の人間で私の逃走計画は完全に失敗した。もう考える余裕がない。

「それなら、早く君の正体をはっきりさせないとな。……連れてけ。」

 後ろから二人の大柄な男が歩いてくる。

 終わった。これでもっと警備が厳重な場所に移されたら、二度と逃げることはできないだろう。


「うぁ……うわああああ!!」

 どこかから聞こえてきた間抜けな叫び声。

「聡吏?!なんでここに居る!」

 聡吏が建物の陰から飛び出してきたのだ。二人の男を含め、聡流たちの注意が逸れた。チャンスは今しかない。

 聡流の横を駆け抜けた。彼らの反応はワンテンポ遅れた。

「……何してる!早く追いかけるんだ!」

 聡流に言われ、二人の男がようやく走り出す。でも、既に10メートル以上距離ができている。

「今のうちに逃げて!」

 そう言って聡吏は聡流の方に走って行こうとしている。足止めでもするつもり?その体力で?

「馬鹿!こっち!」

 手を引っ張って走る。

「あっ、ちょっ、待って痛い痛い!」

 待てるわけないだろう。聡吏の訴えを無視して無理やり引っ張る。


 幸いなことに、追いかけてきてるデカブツは特別足が速いわけでもないみない。走るのに必死で息を切らしながら言ってる聡吏によると、あれは聡流の同僚らしい。まだ秘密裏に調査している段階だからちゃんと訓練された組織を動かすのは難しいんだろう。

 とりあえず、木を隠すなら森の中。人を隠すなら、人ごみの中。平日の昼でも人で溢れている場所。私たちは駅前の雑踏の中に逃げ込んだ。たくさんの人間の目線がある中ならまだ私の存在を秘密にしておきたい彼らはまともに動けないだろう。一石二鳥だ。


 お昼の時間より少し早いくらい。ファミレスはまだ混み始める前で、すぐに席に着くことができた。息を切らして汗まみれでヒィヒィ言ってる聡吏のせいで店員からの視線がきつい。ただでさえ平日の午前中に出歩いている制服っていうので怪しまれそうなものなのに。

「……どうしてあんなとこに居たの?学校は?」

 とりあえずの疑問をぶつけてみたのだ。

「ヒィ……ヒィ……ふぅ……えっと、なんだっけ。」

 なんだこいつ。

「だから、学校あるんじゃないの?まだ11時だよ。昼休みですらない。それに、あの場所がなんで分かったのかってのも。」

「……あー、えっと、一つ目に関してはその……気づいたら学校抜け出してて。あっ!別に誇張とかじゃなくマジのやつで、ほんとに……宮が学校に来てないって気づいたら何も考えられなくなっちゃって、それで……。」

 ……本当に、こいつは。

「んで、二つ目だけど、パパが家出てくとこ見つけて、っていうかパパの行く先を見たくて待ってたんだけど。それで、追いかけてみたら。」

「馬鹿じゃん。」

 反射的に言葉に出てしまった。……あれ?こんなの合理的じゃない。宮川宮のフリをする必要はないはずなのに。

「途中で見つかったらどうするつもりだったの?学校抜け出して、戻ったときどうなるか考えたの?あの時、飛び出した時、勝算はあったの?」

 おかしい。私は地球で寄生を広めるために合理的に動こうとしていたはずなのに。そう動くのが私の……寄生生物としての私の本能だったはずなのに。こんなに感情が溢れ出るのは、涙が出てくるのは、おかしい。

「そんなのもう……」

 そこで言葉が詰まる。言えなくて本当に良かった。私はなんてことを言おうとしていたんだろう。

「あっ……宮、あんま大声出したら……。」

 聡吏はキョロキョロして手が変に動いてる。挙動不審すぎる。そんな聡吏が馬鹿みたいで、なんだか愛おしくて。

 袖で涙を拭う。私もしっかりしなきゃ。でも、まずは……

「これから、どこに逃げよっか。」

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