第7話
丸一日以上経って、その遺体は腐敗が進んでいた。常温で放置された肉ってこんな臭いになるんだな。それからハエがうざい。アレの上を歩き回った足で私の体を歩き回られると考えるだけで気持ち悪い。
トングなんて気の利いたものはない。申し訳程度に宮が渡してくれたタオルケットで散乱しているソレを掴み、エチケット袋に突っ込む。
だめだ。手首から先の塊を処理しただけで限界だ。比較的小さい部位だからイケるかと思ったが、指がブラブラしているのが妙に生々しくて生きていた人間だということを意識してしまう。
手に残る感覚を振り払いたくて過呼吸になりながら全力で手を振り回す。そんな私を見かねてか宮が心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫?やっぱこういうの慣れない?」
慣れられるわけがない。
「……これ、あんたがやったの?」
無自覚にめちゃくちゃ声が震えていた。
「んー、まあ、そういうことになるかな〜。」
「怖くないの?」
「この死体が?……私は、大丈夫かな。」
「怖くなかったの?」
「……人間は、怖いと思うものなの?」
「多分、普通はそう。」
「………………そっか。」
宮は黙々と作業を続けていた手を止めた。まだアレの感触が残る私の手を掴んでモミモミしてる。私の手に視線を向けたままぽつりと言った。
「本当にダメなら帰ってもいいよ。この死体に残ってるのは私が関わった痕跡だけだし。もし死体が見つかったとしても疑われるのは私一人で済む。」
「……………………」
「どうする?」
私は宮の手を握り返して言う。
「まだ、頑張れる。」
まだ、声が震えている。
「私のことバラされるかもしれないし。それだと宮が戻ってこないし。」
「本当にそれでいい?」
「……うん。」
「じゃ、続きやろっか。」
体感で五時間くらい。でも時計を見ると一時間も経っていなかった。途中で二、三回くらい限界になって、でも叫ぶのはダメだから宮の胸に顔をうずめてなんとか声を押し殺して、それで作業が5分くらい中断しながらだった。
遺体は散らばっている小さな肉片を除いてだいたい袋に小分けできた。
「あとは、これを毎日少しずつ捨てていく。明日は燃えるゴミの日だしちょうどいいね。」
「それ、バレない……の?」
「もしかして、ゴミ袋の中漁って死体入ってるか確認するタイプ?」
「……わかった、任せる。」
やっぱりアイツの感性は人間じゃない。腐りかけの死体が入ってる袋を体操着と一緒にバッグに突っ込むなんて、少なくとも私の感性では絶対に無理だ。
別れた宮の後ろ姿を見てそんなことを思ったのだった。
ようやく家に着いた。今日は……今日も、色々ありすぎた。さっさと寝たい。……宿題は、明日の私に任せる。
「おかえり」
玄関に入った瞬間聞こえてきた声の主は、
「パパ……?」
緩くスーツを着崩している、でも髪はピシッと固めている。総評としてバランスが良くお洒落。そんな男。本当に血のつながった私の父親とは思えない。
「帰ってきてたの?」
「ああ。この近所で仕事があるから暫くはここに居させてもらうよ。」
仕事……?
そして、ようやく私は思い出した。
パパの職業は大学教授。専門は寄生生物だった。
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