第46話

「いや、美弥さんに久しぶりにあったんで、今日も可愛いですね、って言ったら逃げていったんだよ」


「あ~。そういうことかぁ」


 美穂によると美弥さんは容姿などを男性に褒められると極度に恥ずかしがって赤面して逃げてしまうとのこと。そのせいで、未だに彼氏の一人もできたことがないんだって。


「お姉ちゃんのことを好きになって可愛いっていったらダッシュで逃げられてちゃ男の子も嫌になっちゃうよね」


 ああ、なるほど? それじゃ極端すぎで難儀するよね。


「それよりもお姉ちゃんが可愛いってどういうこと? 真司くんはお姉ちゃんのほうがいいの? ねえ? どうなの?」


「ふっ、馬鹿だな。美穂のほうが断然いいに決まっているだろ? ……言わせるなよ」


「えへ、えへへ。そ、そうだよね。大好き、真司くん」

 そう言って抱きついてくる美穂。もしかして若干ヤン入ってます?


「まあまあ、お熱いこと。ねえ、あなた。私たちもイチャイチャしましょ?」


 そうだ。ここはリビングで目の前には那由多さんと美園さんがいたんだっけ。

 なんだか最近こんなのばっかりだな。ちょっと前に陽平に指摘されたことがやっとわかったような気がするよ。自分たちの世界に入りすぎて周りが見えていないみたいだな、俺たち。



 那由多さんと俺とで盛り上がりかけた場を落ち着かせる。女性陣二人はものすごく不満そうだけど、母娘それぞれが一つのリビングで互いのパートナーといちゃつくのは我々男性陣には言ってみりゃ拷問ですよ? 一度抜けたには早々と戻れないんです、俺……。


「しょうがないなぁ~ じゃあ、私の部屋に行こうよ」

「そうよ。真司くん。早く行きなさい?」


 なぜ美園さんが俺の美穂の部屋ゆきを推奨するの?


「だって、好きな人とは少しでも一緒にいたいと思うのは自然なことじゃないかしら? 私の若いときはちょっとやりすぎたけど後悔はないわよ。だって今もすごーく幸せですもの」


 やりすぎはちょっとではない気がするけど……。だからこその避妊はちゃんとして、とのアドバイスだったんだな。なっとく。


「じゃ、行こうか? 真司くん」

「あ、ああ。うん。えっと、美弥さんは放置でいいの?」


「うん。しばらくすれば元通りだから気にしないでいいよ!」

 そういうもんなんだ。なる。


 ここで納得してしまうのも何だけど、長いものには巻かれろと言うじゃない?

 え? 使い方間違っているって? いいじゃん。『ローマは続くよ何処までも』でもそんななセリフ出てたでしょ? はい? しらないの? マジでロマドコ読んでないとか信じられん!


 美穂の部屋は付き合い始めて何度か訪れてはいたけど、何度来ても緊張する。

 可愛い女の子の部屋って感じがいまだに慣れないんだよね。


 真奈美の部屋も可愛らしいといえば可愛らしいんだけど、基本俺の部屋と作りが同じなので、美穂の部屋のように乙女乙女な感じではないんだよな。


 そんな美穂の部屋に一つだけ不釣り合いなものが置いてある。学習机の上にあるPCだ。

 ゴリゴリの真っ黒な筐体に二〇インチ以上ありそうなモニター。キーボードもマウスもなんかやたらと光っているし……。


 陽太郎さんのお下がりらしいんだけど、「なとか愛セブンでめもりーが32ぎがばっと? でだけで十五万円とかなんとか? お兄ちゃんよくわかんないことばっかり言っていたから覚えていないんだけど、黒いからIアイのメモリーってことじゃないかな?」とは美穂の言葉です。美しい人生です。限りない喜びです……。


 俺も詳しくはないけど、多分このPCはスペックの高い相当いいヤツ。

 陽太郎さんの職業は研究職って言っていたけど、それ用なのかな? ゲーム用な気もしなくもないけど……。


「じゃあ調べよう! 夏休みのキャンプ生活! 北海道も行けるかな⁉」


 すいません。超高スペック(たぶん)PCでも使うのはインターネットだけです。美穂は情報処理の宿題があったときにはオフィスも少しだけ使うそうです。


「いっそ北海道でキャンプはどう?」

「いや……。大変でしょ? 北海道もキャンプ場はいっぱいあるけど、俺ら基本歩きだし」


 交通の便のことも考えておかないと、突然の悪天候に逃げられませんでした、ではまずい。


「そっかぁ~ じゃあキャンプはあまり遠くないところで見つけよう。でも北海道は諦めていないよ?」


 そう、なぜここまで美穂が北海道旅行にこだわっているかと言うと、バイト先の社長さんの言ったボーナスが旅行券だったから。北海道にLCC使ってなら二人で二泊ぐらいできそうな額面の旅行券だった。流石に慌てて父さんに相談したら、お中元での頂きものだから気にしないでくれって社長が言ってたよ、で終わりである。金はあるところにはいくらでも寄ってくるもんなんだなと思ったね。お金は寂しがりやだからいっぱいあるところに集まってくるっていうもんな。俺んとこにも来てくれよ。寂し思いはさせないよ?


「あのさ、キャンプ場は実はすでに予約してあるんだ。八月の一週目にとあるグンマーで」

「おっ、そうなんだ! 仕事が早いね! 真司くん!」

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