第45話

「なかなかハードな労働だったね。『マスナドーレ高原を越えろ』みたいだったよね」


 もはやジャンルさえわかんない小説の名前を出されても俺は応えられないですよ?


「あ~あ、今日は帰らないといけないのかぁ~ 真司くんと離れ離れは寂しいよぉ~ なんで私たち結婚できないの?」


 け、結婚? 美穂はちょっと前までそういう言葉にテレテレだったのに最近はグイグイと来ますね! ぜんぜん嫌じゃないです。寧ろどんとこいですよ!


「まあまあ、一日だけじゃないか? それに結婚は法律上現時点一六歳じゃできないんだよ」


 女性は二〇二一年現在結構可能年齢は一六歳だけど男は一八歳以上なんだよね。来年からは男女とも一八歳以上になるみたいだけど。


「その法律がおかしい! 改正民法はもっとおかしい! いつになっても真司くんと結婚できないじゃない」


 一日どころか半日ぐらい一緒にいれないだけで法律を全否定するのもどうかと思うけど、それほどまでに俺のことを思ってくれていると思うと嬉しいし美穂のことがこの上なく可愛いと思う。


「あ、そうだ。真司くんを私んちにお持ち帰りすればいいんじゃない?」


「どうぞ。シンで良ければ持っていってもいいわよ?」


 母さんがのたまう。父さんも頷いている。

 俺はハンバーガーか何かなのか? テイクアウトOK⁉


 真奈美はスマホゲームに夢中で俺たちのことなんか眼中にない。初日なんて美穂がいることにあんなにはしゃいでいたのに今や美穂がいるもいないも関係ないみたいだ。慣れって怖い。


 そうここは我が家のリビング。


 さっきから帰りたくないだの結婚したいだのって話をしていたのもこのリビング。我が家族が総出でのんびり寛いでいる日曜日の昼下がりのひととき。お騒がせしております。


「美穂おねえちゃん。明日にはちゃんと帰ってきてよね。ご飯とか家事とか全部一人でやるのは大変だし、ウチが今度は寂しいから!」


「もちろんだよ、真奈美ちゃん。真司くんをお持ち帰りするのは一晩だけ。明日には私共々戻ってくるから安心してね」


「ん、じゃあいいよ」

 いいんかい⁉ 俺は真奈美にとって飯炊き要員なのでしょうか?


「おにいはおにいだよ。ウチの大好きなお兄ちゃんだよ‼」

「あ、そ、そうか。うん、今度ニューヨークチーズケーキでも作ってやろうな。うんうん」


 俺の作るニューヨークチーズケーキは真奈美の大好物だもんな。


「ちょろすぎるよ……」

「マナ、なにか言ったか?」


「ううん。チーズケーキ楽しみだなって」

「そうかそうか」

 あれ? みんな生暖かい目で俺のこと見てくるけどなんでだろう?



 ※



 ガラガラと美穂のキャリーケースを転がして美穂の家に向かう。俺の着替えは一晩分なのでリュックひとつで十分だった。


「今日は那由多お父さんはいるんでしょ? 日曜日だし」

「どうだろ。いるんじゃないかな?」


「久しぶりだからちゃんと挨拶しておかないとな」

「え~ 中学生に手を出しちゃう人だからいいんじゃないの?」


 辛辣! 辛辣すぎ! 思春期かっ⁉ 思春期だよな? 納得。


「それとこれとは別物。あまり会うこともないんだから会えるときはちゃんと話さないと」


 そんなにお父さんのこと嫌わなくてもいいのに。策略家はお母さんのほうでしょ?

 え? 口うるさいから? 

 それは……心配なんだと思うよ。自身の過去に当てはめて。

 それを指摘すると壮大な自爆を誘う予感がするので敢えてなにも言わないことにしたよ。



「ただいま~」

「ああ、おかえり美穂。それと……いらっしゃい真司くん」


 お出迎えは那由多さん。俺の名を呼ぶときのテンションの下がり方……。

 すぐ後ろには美園さんも控えている。なんか那由多さんの腰辺りに美園さんの手があるような気もするけど気のせいかな?


「こんにちは。今日はお世話になります。急にバイトに美穂を誘ってしまい一〇日間も家を空けさせてしまい申し訳ありませんでした」


 全部美穂が自身の意志でやったこととはいえ、俺にも責任はあると重い謝罪を述べた。


「そ、そうだぞ! 貴さままままぁゔゔゔゔううううううふぇ」


 ちょと那由多さんが大きな声を上げたかと思ったら、美園さんがちょこっと動き那由多さんが壊れた感じになった。


「いいえ、気にしないで。どうぞあがってちょうだい、真司くん」


 美園さんが言葉を引き継いで俺をリビングにいれてくれた。

 えっと。お父さん、ごめんなさい。美園さんからのお救いは今の俺には無理です。



 涙目の那由多さんと美園さんに加え、リビングには美弥さんがいた。美穂は着替えをしに自室に行っている。


 夏休みの午後、大学生は毎日朝から晩まで遊び歩いているものと思っていたけど家にいるもんなんだな。


「こんにちは美弥さん。お久しぶりです」

「あ、真司くん。おひさ~ 元気そうで何よりだね」

「お姉さんも変わりなく、今日も可愛いですね」


 そう俺が言うと美弥さんは顔を真っ赤にして「か、かわいい、にゃっ!」と一声発し、リビングを飛び出していってしまった。


 あれ? 可愛いってNGワードだっけ? 真奈美に言うと喜ぶからよく言うんだけどダメだったのかな?


「お姉ちゃんが吹っ飛んでいったけど何かあったの?」

「いや、美弥さんに久しぶりにあったんで、今日も可愛いですね、って言ったら逃げていったんだよ」


 なんだろ? あれ。

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