第44話

 たとえば、例えば、だよ。今日からまた美穂がこの土日を我が家で過ごしたとしよう。

 今日金曜日の着替えと、明日土曜日の着替え、日曜日の着替えまで入れても三日分である。


 そこに洗濯は必要としない、よな? この前泊まった時も洗濯はしなかったもんな。

 ちなみにはるかとはうちの母の名である。


 なので、ふと疑問に思ったことが口をついて出てしまった。


「洗濯?」

「うん。洗濯してぐるぐる回せば一〇日分ぐらいはなんとかなるでしょって」


 ……みなまで聞くまい。

 要するに最低でも一〇日間は我が家に寝泊まりするというわけですね、美穂さん。

 俺的には小躍りするぐらい嬉しいのですけど――


 美園さんはあんなだからいいとして、お父さんの那由多さんは許しませんよ?

 一六歳の娘が彼氏の家にずっと行きっぱなしなんて!


「大丈夫。お父さんは前科持ちだから何も言えないよ。ときが時なら犯罪者だもん。それにお母さんの言うことにはぜっっっったいに逆らえないから平気だよ」


 なにその前科とかいう不穏なワードは?


「あれ? 言っていなかったっけ?」

 なにも聞いておりませんが……。


「お父さんね。中学生だったお母さんを身ごもらせちゃって高校を一浪させたんだよ。で、そのときの子がお兄ちゃん。やっとのことでお母さんが大学生になったらお姉ちゃんができたの。もうお母さんの人生お父さんがメッチャクチャ、ってお父さんは思っているみたい――――全部お母さんの策略だったみたいだけど」


 実は中学生だった美園さんのほうが家庭教師に来ていた大学生の那由多さんにマジ惚れ。美園さんは文字通り体を張ってかなり強引な手法で那由多さんをゲットしたらしい。

 未成年、しかも結婚可能年齢に達していない中学生を妊娠させるとか……。たしかに犯罪ですね。当時も犯罪だったんじゃね? 違うんかな?


「ワタクシ各ご家庭の深そうな事情には関与いたしません……はい」


 今でもお二人はイチャイチャしているんだからもういいじゃんとも思うけど、那由多さん的にはそう簡単なものではないんだろうな。


 耳元で『私たちも赤ちゃん作る?』なんて美穂に囁かれたけど、俺にはまだ那由多さんのような甲斐性が足りていないのでがんばります、とだけ伝えておいたよ。美穂はにこにこ楽しそうに笑っていたけどね。


「バイトが終わったら、一回家に帰って新しい着替えを持って戻ってくるからだね!」


 初耳ゲッートッ!



 ※



「はじめまして。社長の飯田です。今回は無理を聞いてくれてありがとう、本当に助かるよ」


 俺たちに挨拶してくれたのは今回のアルバイト先の社長さん。

 本当に困っていたようで何度も何度もお礼を言われたよ。


「では早速だけど現場に案内するよ」

 連れて行かれたのはフォークリフトの出入りする大きい倉庫、の隣りにある一五〇坪ぐらいの大きさの二階建て倉庫。


「去年までは今とは別の担当者が管理していたんだけど急に辞めてしまってね。ついでにパソコンのデータまで消えてしまったんで本当になにがこの倉庫にあるのだかわからなくなってしまったんだよ」


 この倉庫内は書類と製品がごちゃまぜになっている可能性が高く、まずはその仕分けをする。書類の要不要は社長さんや経理の人が確認するそうだから決めた場所に積んでいけばいいらしい。


 もし部品や製品が箱の中にあった場合は、なにがいくつどの箱に入っていたかを詳細に記録していく。部品名や製品名は一覧表があるのでそれで照らし合わせをしていく。


 これはかなり厄介だ。そりゃ給料もいいはずだよな。

 楽して金儲けはできないってことな。


「わかりました。では頑張ってやっていきます」

「くれぐれもふたりとも無理はしないようにね。終わらなかったら終わらないでなんとかするから」


 その『なんとか』をしないように俺たちが高い給料で雇われたのだからやれることはやるよ!


「がんばろうな、美穂」

「はい! 気合いっぱいだよ!」



 ………。

 ……。


「つーかーれーたぁ~」


 自宅に帰り入浴中。美穂も一緒に入るとか言ったけど、今は両親も真奈美も在宅中なので勘弁してもらった。


 だって一緒にお風呂入ったらそれだけで済むわけないじゃん!


 土日は八時から一二時まで。日中の倉庫内はとても暑いらしいのでお昼で絶対に止めるようにとお達しがあったので厳守する。熱中症で倒れたら迷惑かけてしまうし、自分たちも辛いからね。




 自宅でも、学校でも、バイト先でもずっと美穂と一緒。

 ずっと一緒だと飽きたり、喧嘩したりとかあるらしいけど俺たちにはそういうの全然なかった。



 今日で一〇日目。すでに夏休み突入済み。

 今日の昼で作業は終わる。なんとか全てのダンボールを仕分けして中身の検めも完了した。


「ありがとう! 本当に助かったよ! 暑い中ありがとう、ご苦労さまでした。ボーナスも弾んだからね。有意義に使ってくれ」


 社長さんの最後の言葉。

 ボーナスも含め、ありがたく頂いておこう。

 そしてずっしりとした重みのある封筒を頂いて俺たちは帰路についた。


 この一〇日間で俺は五キロ、美穂は三キロ体重が減った。


 俺も美穂も身体が締まった感じがあって風呂上がりにびっくりしたぐらい。

 家に誰もいないときは一緒に風呂に入っていたのでお互いの体の変化は確認済みです、はい。

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