第36話
風呂を出てスマホを見ると美穂から連絡が入っていた。
あと二〇分ぐらいでH駅に着くらしい。ぱぱっと身支度を整えて迎えに出る。
「雨振らないといいなぁ」
今朝よりも雲が厚いような気がするけど、雨さえ降らなければ御の字としておこう。
逸る気持ちもあっていつもより早くに駅に到着してしまう。とはいっても、あと五分ちょっとで美穂が到着するので気持ちを落ち着かせるには丁度いいかもな。
「今日はBBQ、今日はBBQ……。邪なことは考えてはいけない……」
俺は自分に言い聞かせるようにこの言葉を呪文のように唱えていた。
すると――
「どうしたの? 真司くん」
「うぇっ⁉」
目の前に美穂がいる。いつの間にやら到着していたみたい。
「あ、ごめん。考え事していて気づかなかったよ」
「もう、しっかりしてよね?」
BBQだから汚れてもいいような服をもって来てねとは確かに言ったけど、本日三度めのキャリーケースだよ。なんでか美穂までも持ってきていた。
今日はキャリーケースの特異日なのか⁉
「どうしたの? それ」
「あ、え、あの。お着替えだよ?」
「うん、そっか。俺が持つよ」
「ありがとう。じゃあ、早く行こうよ。BBQ楽しみ!」
ガラガラとキャリーケースを引く。思いの外重い。着替えが一着って感じじゃなく、きっちりと中身が詰まっているような気もしなくもない。
(BBQ用の着替え、だよな? 五回くらい着替えるつもりなのかな?)
家につくと美穂用に二階の普段使っていない一部屋を使ってもらうことにした。一階は宴会場になった八畳ずつの続き間しか空いていないもんで落ち着かないと思ったんだよね。
(それにしてもやっぱりこのキャリーケース重いよ。揺らしても全然中身がカタカタいわないのはやっぱり具がぎっしりだから?)
「下にいるから着替えたら来てくれ」
「はーい」
疑問は疑問のままにして俺は準備してあった肉や野菜を外の七輪のところまで運んだりしながら美穂の着替えが終わるのを待った。
※
「庭先BBQサイコー‼ お肉美味しい!」
「だな。フライパンで焼くのとはやっぱり違うよな」
残念ながら空は保ってくれずポツポツと雨が降ってきてしまったけど、暑くもなく寒くもなくほぼ無風の丁度いい加減で概ねBBQ日和といっても過言ではないだろう。
「私ん家の方じゃBBQなんてしたら即苦情だよ」
「まあ、そっちは住宅街だしね。ここはそっちもあっちも畑か田んぼだらけの住宅地だもんな。秋口になるとあっちもこっちも籾焼きの煙で臭いぐらいだから誰も気にしないよ」
一度肉を焼き始めると余計なことは考えないで食べてしゃべることに夢中になった。
やっと美穂とアウトドアっぽい事ができた。これも俺の趣味の一つだから受け入れてくれたようなので嬉しい。
どれくらい時間が経ったのか腹もくちくなって来た頃、雨が一段と強くなってきた。ポツポツがサーっとなって、今やザアザアだ。雨のしぶきも飛んでくるようになったので少し肌寒く感じる。
「そろそろ終わりにして、家の中入ろうか?」
「う、うん」
俺の勘違いでなければ、心持ち緊張したかのような声音で美穂は答えた。どうしたんだろう?
火の始末だけは最大限に気をつけてあとは明日にでも片付ければいいので、雨に濡れないところにまとめて置いておく。余った食料品と皿などは美穂と一緒にキッチンに運ぶ。
「天気予報じゃここまでは降るって言ってなかったのにな」
「お天気のことは仕方ないよね。今は梅雨だしね」
「そうだな。お茶でも飲む? 冷えたでしょ?」
「ありがと。私も手伝うよ」
いくら二人きりとはいえ屋外でイチャイチャするのは近所の目もあって恥ずかしくてできなかった。家の中に入れば本当に二人きりなのでイチャイチャし放題だ。それでも、いきなりは美穂に失礼すぎると思うので食休みも兼ねてお茶を飲もうって思ったんだ。
「ふう、落ち着くね」
「へんなの。外にいたからってソワソワしていたわけじゃないのにね」
「言われてみればそうだな。へんなの」
美穂入れてくれたお茶が美味い。
「ね、ねえ、真司くん」
「ん。なに?」
「シャワー、借りていい?」
「いい、よ? えっ、シャワー?」
え? ふ? ほっ? しゃ、シャワー?
「じゃあ、着替えとって来るね」
そう言うと美穂は階段をすぐに上っていってしまった。
「え、あ……。どうしよう。た、タオル。きれいなのあったよな。用意しておかないと」
何を冷静にタオルの心配などしているのかと思うけど、人って混乱すると意外と冷静な行動をとったりするもんだよね。
嘘だけど。
どう考えても、タオルの心配をしている時点で俺の頭ン中は冷静じゃないよな。
「タオル、タオルっと。あった。これでいいな」
バスタオルとフェイスタオルを洗面台の上に用意しておいた。
混乱していても用意はしっかりやりますけどね!
タオルを出すときに気づいたんだけど、今着ている洋服からかなり煙や油の匂いがしている。はっきり言って臭いと思うほど。たぶん髪の毛とかも臭いんだと思う。
「だからか? だよな。いきなりシャワーって、そうだよな。そうに違いない」
ちょっと期待したよ? チョトだけね。
ま、俺くらい冷静な男だと勘違いしないけどね。ほんとしないよ?
「あ、タオル。用意してくれたんだ。ありがとう、真司くん」
「うん、使って。じゃ、俺はリビングにいるから何かあったら、呼び出しボタン押してね」
呼ばれてもおいそれとは来られないけどね。服を着てくれる前だと……。
「真司くんもあとから入ったほうがいいよ……。じゃ、また後で」
ど、どういうこと? 俺も臭いってことだよな。そういう意味でシャワーだよな。
俺は冷静にリビングで待つことにした、よ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます