第34話

 さて、一ツ崎駅のあるK市の警察署に移動して事情聴取されている間にそれぞれの家族が大集合していた。一応部外者の美穂の家族までもだ。みんなには心配され、美穂のことをまた泣かせてしまった。ほんと犯人――。




 現行犯逮捕された犯人はかなえの中学の時の同級生だった。


 中学の時にかなえにフラれるも未練がましく付き纏っていたらしい。かなえ本人は付き纏いに気づいてなかったみたいだけど。


 で、その犯人くんは俺がかなえを誑かして二股三股をかけているもんだと思い込み今回の犯行に及んだということみたいだ。S駅で押したのも、電車内で俺の制服を切ったのももちろんそいつだった。で、最後の引き金が両手にかなえと真奈美をぶら下げていちゃついていたという勘違い。『このハーレム野郎許さない!』ということらしい。俺から言わせりゃ、そんなもん知るかボケ! である。




 警察から開放されるも日付が変わる頃。もう眠いよ……。


「おにいちゃん……。ううん、施ヶ内先輩。今回は申し訳ございませんでした」

「ん、どした? かなえ」


「アタシのせいで先輩を危険な目に合わせてしまいまいました……。本当にすみませんでした」

 真剣な表情で謝罪してくるかなえ。


「はあ、お前関係ないじゃん。むしろお前も被害者なんだから俺に謝る必要は皆無だぞ?」

「でも……」


「でももへったくれもないよ。お互いに怪我もなく無事だったんだし、犯人は捕まってストーカー行為もなくなるわけだし、俺のブレザーだって多分補償されるだろうから新品になって万々歳な感じ、じゃね?」


 ベソをかいているかなえの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でる。


「先輩……」

「呼び方がおかしいぞ」


「……おにいちゃん」

「ん。おまえはそれでいい。もう安心して何も考えなくていいからな」





 どうでもいい話かもしれないけど、俺の顔面には殴られた跡があり、どういうわけかこれもあの犯人がやったことになっていた。なぜだか犯人も殴ったと認めたらしい。俺も積極的に否定はしなかったけど、真犯人は――――俺の横でパンケーキを口いっぱいに頬張っていたりする。


「なに、おにい? 食べたいの? はい、あーん」

 もぐもぐ。おっ、結構美味いな……。


「あ、そういえばおにい」

「なんだ?」


「あのパーカーはダサいから山以外では着ちゃダメだよ?」

「……まじかよ?」





 あの事件から一月ぐらい経った六月の下旬、もう少しで七月になるという梅雨真っ盛りの候。


 あれから俺は学校ではちょっとしたヒーローになっていた。


 美少女二人に襲いかかった暴漢をバッタバッタとなぎ倒し、あっという間に制圧してしまった。しかも俺はサバイバルナイフを持った暴漢に刺されてもびくともしない強靭な肉体の持ち主とのこと。そのヒーローに似つかわしい麗しき姫君が美穂で、なんともお似合いの二人だともう評判で――――。


 もう事実の錯誤と改ざんと捏造が酷すぎる。犯人は増えているしカッターナイフはサバイバルナイフだしな。事実の俺は刺されてもいない。


 だが最後の一文だけは認めよう。『お似合いの二人』の部分は大いに認めて差し上げよう。実際、怪我の功名ではないけど、俺と美穂の交際はあの事件が大きくとられればとられるほど中心点がボヤケて騒がれることはなかったから良しとしよう。


 だから今日も教室で美穂の作った弁当を一緒に食べていてもなんの騒ぎにもなっていない。


 平和、大事。


「最近会っていないけど、マナちゃんは元気?」

「ああ、無駄に元気だぞ。確か今週末から修学旅行だったはず」


 真奈美の通っている中学校はこの時期に梅雨のない北海道に修学旅行に行く。俺も中学のときは行ったよ。学校で微妙な立ち位置にいたせいであまり記憶には残ってないけどね。

 函館と札幌が思いの外遠くてびっくりしたことぐらいだな、覚えているのって。


「へぇ北海道なんだ。いいなぁ北海道行ってみたいなぁ」

「お金貯めて一緒に行こうぜ。LCCとか使えば相当安く行けるらしいよ」

「あ、うん。えへへ」


 嬉しそうに微笑みながらも右手には箸、左手で器用にスマホを操作して北海道のことを調べている。気が早すぎるって!





「では行って参ります! おにいのお土産は熊の木彫りでOK⁉」

「そんなもんいらねえよ。俺の土産買う予算あったら自分のもの買ってこいよ」


「あぅ、も、もう。分かったよ。なにか美味しいもの買ってくるね」

「ああ、気をつけていってこいよ」


 真奈美は楽しそうにガラガラとキャリーケースを引きずって三泊四日の北海道修学旅行に出かけていった。小説風に言うなら『あのときの笑顔が最後に……』なんてなるかもしれないけど後日ちゃんと元気に帰ってきたのでご心配なく。


「ところで――――」


 我が両親も玄関で真奈美を見送っているのだけど、その手には真奈美と同じようなキャリーケースが握られている。


「私たちも修学旅行に行ってくるから留守番よろしくね。お土産はちんすこう一択ね!」


 修学旅行ってなに? あなた方は真奈美とは反対側に向かうのね、って、おいっ! そういうことは事前に知らせることで出かける当日の朝に言うことではないですよ⁉


「悪いな真司。今度はお前も連れて行ってやるからな。じゃ、行ってくる。帰りは月曜の夜になるからな」


 父さんも悪いなとは口で言っているけど全く悪いとは思っていないらしくウキウキだった。琉神マブヤーにボコられてくるがいい。



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