第5話

 暫しの間のあと。美穂は顔をぐっと持ち上げ俺をキッと睨む。


「なな、なんでそういうこと言うの⁉ いつもはボヘらっとしているくせに!」


 やっぱ怒らせたようだ。赤い顔に涙目。何が悪かったんだろうか? 恋愛小説にありがちなシチュエーションでちゃんと嘘偽り誇張なく褒めたつもりなんだけど。


 怒らせてしまったことに俺が狼狽していると、美穂はため息交じりに首を振り、


「もういいよ。大丈夫。真司くんだしね。真司くんも私服姿かっこいいね」

「お、おう。サンキュ。おかしくないかな?」


 機嫌を直してくれたようで良かった。怒ったのも機嫌を直したのも理由はさっぱりわからないけど、美穂は笑っているしそれでいいかと思う。考えてもわかんないだろうしね。

 俺の服装も間違っていなかったようで一安心した。



「さて早く合流したはいいけど朝の九時前からやっている店は少ないぞ?」

「そうだね。二人とも朝ごはんはしっかりとってきたし、この近くには公園もないしね」


 早く出てくるなら出てくるなりのプランを考えてくりゃよかった。


「もうそんな顔しないの! 早く来たのは私も同じだしノープランなのも同じだよ。そこら辺のカフェに入って今日見る映画の予習でもしようよ」

「ああ、そうだな」


 美穂に変な気を使わせてしまった。

 実は俺、女の子と二人きりで出掛けるのが初めてだったりする。いろいろと調べたけどだいたいネットの情報はデートプランばっかりで友達同士がいい具合で遊べるプランがなかなか見つからなかったんだよな。要するに不慣れ。


 はは。いいわけだな。


「じゃあ、あそこに見えるカフェでいいよな。行こうか?」

 リードするつもりでそう言って歩き出そうとすると美穂は動かず、片手を前方に持ち上げた格好をしている。


「どうした?」


 聞いても美穂は上げた片手を振るだけで何も言わない。


 首をかしげる俺。


 上げている手を振る美穂。


 折れたのは美穂の方。


「またナンパは怖いし、朝から混んでいるし、迷子になるといけないから手をつなごう。OK?」

「……」


 恋愛モノかなんかで読んだことあるような気がする。サスペンス物じゃなかったのは確か。


「…………わかった?」

「わかった。はい」


 仕方無しに美穂の手を取る。仕方なしだぞ?

 思いの外ちっちゃくて柔らかい手だった。



 ここで気づく。どうやら美穂は今日見る恋愛小説原作の映画におおよそ沿った形での行動を取ろうとしているようだ。俺もその小説を読んでいたし、面白かったかたから映画化と聞いて見てみたくなったんだもんな。

 まさか美穂と一緒に公開直後の映画館に見に来るようになるとはこれっぽっちも考えてなかったけど。


 そうと合点がいけば慌てることはない。あの小説は恋愛モノにしては面白くって二度三度読み返したのでなんとなく内容は覚えている。


 デートの待ち合わせに早く来る、ナンパから助ける、手を繋ぐ。ここまではあっているはず。

 このあとはやっぱり小説内でも映画を見て、映画の感想をいいながら食事して……最後はキスして――え? え? キス、だと⁉


 そもそも今日は俺と美穂はデートじゃないぞ? 見たい映画を一緒に見に来ただけ。

 そう、それだけ。


「でもな。手は繋いだし……」

「ん? なにか言った?」


 声が出てしまっていたようだ。慌ててごまかす。


「いやいやなんでもない。やっぱインスタントじゃないコーヒーはうまいなって」

「ふ~ん」

 我ながらひどいごまかし方だった。美穂にはすっごく胡乱な目で見られたよ。


 映画の始まる時間まで他愛のない話をして過ごしたが、こんなのも案外と心地いいもんなんだなというのは新しい発見だった。



 その後は予定通り映画を見て、感想をいいながらの昼食。そのままお開きもつまらないので駅前の大型書店に行ったり、美穂の買い物に付き合ったり、ちょうどセールをやっていた俺の行きつけのアウトドアショップで買い物などをしたりしながら結局夕方まで一緒に遊び歩いた。小説内では舞台はショッピングモールだったけど駅周辺の繁華街でも同じと考えていいよな?


「美穂。大丈夫か? 疲れてないか?」

「う~ん。ちょっと疲れたかも?」


 駅ビルの屋上のベンチで沈んでいく夕日をのんびり眺めながら一休みする。


「送っていこうか?」

 あの恋愛小説には無かったセリフが自然と口に出る。


 美穂はびっくりしたようで一度目を大きく開けると嬉しそうに微笑む。

 ちょっとその微笑みはずるいですよ。可愛いんですよ、すごく。


 どうせ友達のその先の関係になれないのはわかっているのに俺の心はなぜかざわつく。


「ありがとう。でも大丈夫だよ真司くん。今日は楽しかったよ」


 駅までまた手をつないで歩く。

 駅に着かなければいいのになんて思っている俺の気持ちは何なのだろう。

 俺がそんなことを考えているなんて美穂が知ったらどう思うんだろうな?


 駅に着きたくないなんて言っても駅ビルの屋上にいたんだからあっという間に駅に着いてしまった。


「じゃ、また学校で。あ、家に着いたら連絡くれよ。心配だからさ」

「……へへ。うん、ありがとう。連絡するね。じゃあね。また学校で」


 あの恋愛小説だとここでキスなところだけど、まあそんなことはなく、だけど……。



 別れ際にギュッと美穂にハグされた。



 美穂は俺から離れるとそのまま手を振りながら改札を通っていってしまったけど、顔が真っ赤に染まっていた。もちろん見送っていた俺の顔も真っ赤だったと思う。


 ぼやっとしたまま俺も改札を通って下りのホームまで行ったと思うんだけど、家につくまでどうやって帰ったのかさっぱり思い出せなかった。乗換もあったのにね。



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