22

 ロファーの説明に

「さすがに敏腕助手のロファーにも荷が重すぎたわね」

と声を揃えて二人が笑う。

「任せて、私がジゼルと話してくる」

無理しないで、私が行くからと、マーシャは止めたが、

「ジゼルがマーシャに泣きごとが言える? 私なら大丈夫。きっとジゼルの泣き顔を見たことがあるのは、この街ではロファーと私だけよ」

とジェシカがバスルームに行った。


 ジゼルがこの街に来たばかりのころ、『魔導士だからと言って特別じゃない』と

無理難題を言うジゼルを一喝してジゼルの信頼を得、それ以来、ジェシカねえさんとジェシカを呼ぶジゼルだ。あの時、ジェシカはジゼルを『ほんの子供』と母親の目で見ていた。きっと今も同じなのだろう


 それにしても、とミルクを温め始めたロファーにマーシャが言った。

「魔導士様は女性だったのね」

「ガッカリかい? 男に一票ってグレインの店で言っていたよね」

笑うロファーに

「ロファーは嬉しいんじゃ?」

とマーシャが答える。

「魔導士様のお年も気になるところだけど。街中の独り身の男たちがライバルになりそうね」

「おっかない魔導士相手にそんな気になる男がいるかな」

と言うロファーに、ここにいるでしょ、とマーシャが笑う。誰のこと? ととぼけるロファーだった。


 やがてジェシカがため息をつきながら部屋に戻ってきた。

「こんなに驚いたのは生まれて初めて」

「なにかあったのか?」

勢い込むロファーをジェシカが制して、

「ジゼルは大丈夫よ」

と笑顔を見せた。

「もう大丈夫、ジゼルは落ち着いたし、納得もした。私のため息は、説明する私の目の前であのコが成長していった事と、成長したあのコを見たせいよ」


 僅かずつの変化に最初は気が付かなかった。表情が変わっていくのは、落ち着いたからだと思っていたのに、そうじゃなかった。


 けれど気が付けば、一段と大人びた顔立ちになり、肌は抜けるように白く滑らかさを増している。髪も艶めき、きっと少し伸びたと思う。そして何より、体つきが全く変わってしまった。


「女の私でも見取れるような、としか言えない」

うっとりとジェシカが言った。


「ジゼルはね、自分は男でも女でもなく、いつかどちらかになると自分が決めたとき、どちらにでもなれると信じていたんだって。だから周囲の大人がいろいろ教えようとするのを拒んで聞いていなかったようよ」


 魔導士は皆そんな風に急に成長するものなのか尋ねたジェシカにジゼルはそう答えたらしい。

「それが無意識のうちにジゼルの成長を止めてしまった。本来、女なのだと、そう妖精さんに言われたそうよ」


 妖精さんって? 問うジェシカに、俺にも判らない、とロファーは惚けた。実際ジゼルの話しだけで、なにも判らない。


「最近ジゼルは女性になる決意をして」

 この時ジェシカはチラリとロファーを見た。

「止まっていた成長が動き出した・・・」

それは緩やかにジゼルの体内で起き、達成の兆候を見たとき、急激にジゼルの全てを年齢に見合う成長まで引き上げた。


「ジェシカ、ありがとう。うろたえるばかりで俺には何もできなかった。マーシャもありがとう。助かったよ」

「私は何も」

と言うマーシャに、ジェシカを待っている間、話し相手をしてくれた、とロファーが言えば

「確かにロファー一人で待っていたら、部屋中を行ったり来たりして、今頃は疲れ果てていたかもね」

とジェシカが笑った。


 いくらなんでも遅いと、三人がジゼルを心配し始めたころ、やっとジゼルが部屋に戻った。その姿にロファーとマーシャは息をのむ。ジェシカに聞いてはいたけれど、目の当たりにすると驚かずにはいられない。心なしか背も伸びたように見える。


 ジゼルはマーシャに朝の挨拶をし、ジェシカには、横に立ち頬にキスをした。

「ありがとう」

ジゼルの言葉にジェシカは手を軽く上げ、微笑みをジゼルに返していた。


 馬車で来ていると聞くとジゼルは、

「今日はジャムの瓶を持って行って」

とマーシャに言った。

「少し重いけど、馬車なら大丈夫でしょう」

とジャムの瓶を五本も布の袋に詰める。


「で、こっちはジェシカに。お見舞いと、今日のお礼を兼ねて」

と同じように袋に詰めた。

「悪いけどマーシャ、ジェシカの家にはあなたが運んで」

馬車まではロファーが運び、帰る二人を見送った。


 ジェシカは馬車に乗り込むとき、そっとロファーに耳打ちしている。

「責任重大だね」

驚くロファーに意味深な笑みを残し、動き出した馬車の上で、ジェシカは手を振った。


 部屋に戻ると

「貧血気味だ」

とジゼルが嘆いた。


 ジェシカとマーシャが来てくれて助かった。

「ロファーは役立たずというのは本当だったな」

と間違った理解をしていたが、構わないでいた。


 今日は一日寝ている、と言い、ジェシカとマーシャが人の道から出て行ったら「魔導士は旅行中」と看板を掛ける、と言った。


「二三日休む。ジェシカがそれくらいで楽になると言っていた」

「辛いのか?」

「歩くのが辛い程度に下腹が痛い。引き攣っているみたいだ」

そうか、としかロファーには言えない。


 食事は? とロファーが聞くと

「支度してくれれば食べる」

と答え、食欲はいつも通りだなと、ロファーを安心させた。


 それじゃあ、馬小屋と鶏小屋を見てくると、馬小屋に行くと、いつものようにシンザンが威嚇してこない。サッフォは馬面を撫でろと、いつも通りロファーに寄ってくる。


 心配になり、シンザンにいつもより近づくが、ヒヒンとサッフォに倣って馬面を寄せてくるだけだ。罠か? と恐る恐る撫でてやると、

「もうシンザンはアンタを嫌ったりしないよ」

とジュリが笑う。


「シンザンはね、子どものジゼルを心配しただけさ」

 女になったジゼルが誰とつがおうが怒りゃあしないさね・・・


 番うってなんだよっ、思わず怒鳴りそうになったが堪えてロファーはジュリを無視し、鶏小屋で卵を拾ってキッチンに戻った。


 パンケーキを焼き、スクランブルエッグに茹でたアスパラガス、それにレタスを添えた。もちろんたっぷりのミルクティーも淹れた。


 一口食べてはニコリとするところを見ると、今日もロファーの料理はジゼルのお気に召したようだ。


 ジェシカにね、と食事をしながらジゼルが言う。

「ロファーのことが好きで好きで仕方ない、って言った」

だから女になりたかったの? とジェシカに訊かれ頷いたと言う。

「だけど、誰にも言わない約束したから心配ない」


 ジェシカの言った責任重大ってこの事か、とロファーは思ったが、やはり「そうか」とだけ答えた。


 今日は宿屋『星の降る宿』のフロントの壁に掛ける料金表を新しくする約束になっている。


 飾り文字を使い、周囲には花蔦柄を施してほしい、宿の主人ジュードはそう依頼してきた。夜までかかる見込みでいる。


 夕飯はグレインにでも頼んで届けてもらおうか、と言ってから、そうだ魔導士様はご旅行中だった、と思い直す。それじゃ、

「店に届けて貰うから、食べたくなったらあのドアを使ってうちに来るといい」

「私にはあのドアは使えない」

付けたときに言ったじゃないか、とジゼルが言う。


「ドアを叩いて合図を送るとか、声や物音は通るようにしたけれど、ロファーとロファーが身につけている物、持っている物、そんなもの以外は通れないようにしておいた。誰でも通れるんじゃ意味がない」

大丈夫、グレインに頼んでおいて、ロファーが食べるとき、持ってきてくれればいい。


 二人分の食事をグレインに頼むのは気が引ける、どうせ宿屋で仕事するんだ、ジュードに頼めば見繕って拵えてくれるだろう。それにジュードならロファーが二人前も食事を注文したなどと余計なことを言ったりしない。魔導士様のご旅行と重ね合わせて詮索することもない。信用第一の宿屋の主人だ。


 何かあったらカケスに飛んで行って貰うから、というジゼルに安心してロファーはあのドアを使って自宅に戻った。


 ジゼルの家のドアの横にあったロファーの家に通じるドアは、いつの間にかジゼルの寝室のドアの横に移っていた。その方が便利だと思った、というジゼルに『そうか』と、またロファーは答えた。


 自宅に戻ると店を開け、いつもは空け放すドアには鍵をかけ、『ロファーは《星の降る宿》で仕事中』と札をつるし、道具一式を持って出かける。


 看板書きは本来伝書屋の仕事ではないけれど、グレインがパブを開いた時、お祝いに贈って以来、『ロファーの看板は客を呼ぶ』と評判が立ち、仕事として頼んでくる客ができた。


 魔導士様は女だった、という噂はあっという間に街中に広がった。ジゼルのために女物の服をジェシカが服屋に注文したからだ。モナミの店を選んだのは、さっさとこの情報が広がるといいと、ジェシカが考えたからかもしれない。モナミのおしゃべりは有名だ。


 夕刻にモナミが、五日後に届けると魔導士様への伝言をロファーに頼みに来た時、

あれこれ聞いて来るのを「今、忙しいよ」と、作業の手を止めることなく、ロファーは相手をしなかった。長老までもロファーを宿屋にまで訪ねてきて、確認していった。


ほかにも

「魔導士様は旅行中のようだけど、女だと知られるとまずいことでもあったのか?」

とロファーに尋ねるものもいた。女だとばれたジゼルが街から逃げたと思ったようだ。「二三日で帰ると言っていたよ」とロファーが答えると、いつも連絡取り合っているんだな、と探るような目つきをする者もいた。それには「カケスが伝言を届けに来るのさ」と冗談のように答えた。


 そんな感じで、時々邪魔をされながらもロファーの仕事は打ち合わせ以上の出来栄えで完成し、ジュードを満足させ、ロファー自身も満足させた。ただ、予定以上に時間がかかってしまった。


 帰るとき、前もって頼んでおいた食事の代金を約束通りに支払うと、

「少しサービスしておいた」

とジュードが言う。渡された食事を詰めた箱はずっしりと重かった。


 急いで自分の店に戻り、札を「閉店」に掛け換え二階に上る。ジゼルのドアを開けると、ベッドに横たわったジゼルが「ノックぐらいしろ」と苦情を言った。


 ジュードが用意してくれた食事は鶏肉を色々な方法で焼き上げたもので、レバーのパテも瓶に入れて添えられている。一羽つぶして丸々使ったのだろう。ほかにグリーンサラダや数種類の果物、ロファーが払った代金ではひと目見て赤字だと判る物だった。


「こりゃあ少し、看板の代金を値引きしなきゃだな」

 食事を終え、帰るロファーをジゼルは引き止めたそうだったが

「夏至も近い。用心しなくては」

とロファーが言えば、少し首を傾げてから

「そうだね」

とジゼルも同意した。


 が、翌日から朝と夜、ロファーは毎日あのドアを使い、ジゼルと一緒に食事をして帰るようになった。


 五日後、仕事を終えたロファーがジゼルのドアを叩き、応えを待ってから中に入ると、そこにはあかね色の服をまとったジゼルが立っていた。


「さっき、ジェシカとモナミが来て、おいていった」

ジェシカからのプレゼント、着慣れないものを着ると、気恥ずかしい・・・


 ジゼルから目を離せずにいると

「やはり、可笑しい?」

とジゼルが不安そうな顔をする。


「いいや、よく似合ってる。街一番の別嬪べっぴんさんだ」


「ロファーがおべっか使うなんて」


調子が狂う・・・最後まで言わせず抱きすくめると、ロファーはジゼルの唇をふさいだ。安心したジゼルがそれに応える。


 少なくとも俺にとってはおまえが一番だよ、そんなロファーの心内をジゼルは読み取っていただろうか。



夏至の日はすぐそこに迫っている ――

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