人生最後の決断
清美が、がんの診断を受けたのは三ヶ月前のことだ。大腸がんのステージ3で、余命半年と言われた。夫の圭太にはすぐ報告したのだが、小学一年生の貴之と、小学三年生の比奈には言えずにいる。
がんの宣告を受けてから、清見は毎日を噛み締めながら、過ごしている。日々の何気ない生活が、これほど尊く、かけがえのないものだったとは、以前の清美に知る由もない。毎日寝る前に、この時間が永遠に続いたらと願いつつ、子供達の寝顔を見ながら眠りに就く。
朝、目覚めると、たまにがんのことを忘れる事がある。まるで、悪い夢でも見てたかのような感覚だが、現実は逆で、がんを思い出した瞬間、どん底に落とされる気分だ。彼女の一番の気がかりは、二人の子供だ。
清美は決心した。三ヶ月書き溜めた、家族三人へのノート三冊を残して、旅に出ることにした。旅の最後に、どこかで死んで、家族が呼ばれることになるだろうが、家族への負担が一番少ない、最善の方法だという結論だ。貴之、比奈、夫への溢れる思いは、すべてノートに綴ってあるのだ。
昔から憧れていた、全国の旅館を、泊まり歩きながらの一人旅行だ。世界がこれほどまでに、美しい場所とは、今まで想像もしていなかった。体の状態が、どんどん悪くなるのとは反対に、清美の心は晴れ渡っていった。
体重も半分くらいになり、意識はもうろうとしていた。
海岸の景色の素晴らしいベンチで一人座り、暖かい日差しの中、清美は静かに息を引き取った。
痩せこけたその顔は、幸せに満ち溢れていた。
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