不惑の精神

ルディアは信じられない気持ちで、胸がいっぱいになった。

 神殿の教えにより皇族の離婚は許されていないため、一度婚姻を結ぶと縁を切る事は出来なかっただろう。


「……っ、くそっ! 騎士は何をしておる、役立たずめっ!! 次期皇帝主催である宴を穢したこやつを、早く捕まえんかッッ!!」


 ロジャースは怒りにより口の端から泡を飛ばし、騎士達に向けて叫んでいるが、誰も反応を示さない。会場は不気味なほど静かだった。

 ロジャースの命令などまるでなかったように、騎士は誰一人動かない。


「無駄ですよ。彼らはもう私の言う事以外聞きません。つい先ほど、教皇ミハエルからの正式な戴冠の儀を終えて、エルグランド皇帝に即位した私のね」

「な……っ?! なにを、血迷った事を……」


 ライアスは懐から丸めた羊皮紙を取り出し、ポンっとロジャースへ投げて寄越した。丸められた羊皮紙の意匠を見ると、教皇庁最高指導者の教皇ミハエルが直々に認めた文書を表す鮮やかな緑色の封蝋が押されてある。


 やや乱暴にロジャースが羊皮紙の封蝋を取るとその内容に青褪め、書簡を落とした。慌てて書簡を拾いあげたルーベルトとアリアーナも書簡の内容をあらためて青褪めている。


「やれやれ義父上……いくらお年を召して手元が覚束ないといっても、教皇庁からの書簡を当事者以外の人間が故意に汚したり破損すると罪になりますよ。気を付けて扱いませんと」

「だ、だっ、黙れ、黙れ黙れっっ!! 一体どんな手を……っ! くそっ!! 父親の生まれが卑しい貴様が皇帝など……許さん……っ、許さんぞッッ!!」

「は……っ! 義父上の許しなどいらないのですよ。それより貴方は、ご自身の事を心配なさる方がよろしいかと。──おい、こいつら三人を拘束しろ」


 ライアスの静かな一声に騎士達は一斉に動き、ルーベルトとアリアーナそしてロジャースを拘束した。


「ロジャース・カルカロスとルーベルト・エルグランド。貴様らは、流行病に乗じて女王の王配数人を殺害した疑い。それに留まらず女王ですら遅効性の毒をもって弑虐し、私にも幾度となく刺客を差し向け、さらなる殺人を企てた証拠がある」


 ロジャースが青筋をたてて意義を申し立てようと口を開きかけるが、騎士に上から押さえつけられ封じた。


 完全に不利な状況だと判断したアリアーナは、瞳いっぱいに涙を溜めて上目遣いでライアスを見上げた。


「……こ、皇帝陛下っ! 私は、なにもッ、何も知らなかったのです……っ! どうか、慈悲深い御心で私だけでもお許しください……ッッ!」


 アリアーナはどういう顔が自分を一番魅力的に見せれるかを熟知していた。相手の比護欲がくすぐられる角度で睫毛を震わせ静かに涙を流す。


 大きく開いた胸元から覗く見事な胸が、アリアーナが泣きながらしゃくり上げるたびにぷるぷると揺れる。これに陥落しない男などいないだろう。


 目の前の男以外は。


「……アリアーナ・ハートナー。貴様の父マルクス・ハートナー子爵は他国と通じ、戦争を故意に長引かせた外患誘致罪に問われている。事を精査し罪が明らかとなればハートナー家は取り潰しとなり、一族連座となるだろう。三人とも罪を白日の元に晒すまで地下牢にて過ごすがよい」


 ライアスは温度のない声で命令をくだし、騎士達は抵抗する三人を引き摺って、ホールを後にした。

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