形成逆転
ルディアが騎士の言葉に違和感を拭えずにいると、ホールの扉がけたたましい音と共に開け放たれた。
ルーベルト達により異様な雰囲気になっていた宴は騒然となり、そちらへと視線が集まる。
開けられた扉の前には一人の長身の男が立っていた。エルグランド騎士団の団長クラスを表す肩の意匠と、黒を基調とした軍服を纏った偉丈夫。
男は迷いなく歩みを進め、片側で留められたマントがそれに合わせて翻る。一見すると黒で統一されている軍服だが、随所に金糸で描かれた刺繍は見事で、男の全体的な造形美を際立たせていた。
会場全体が突然現れた男の動向に釘付けになっている。
ロジャースとルーベルトは突然の闖入者にぽかんと口を開けて間抜け面をしていたが、無遠慮に近づいて来る男の顔を見るなり、顔面から表情が抜け落ちた。
「……、まさか、そんな。お前は……お前は、死んだはずだっ!」
男はロジャースとルーベルトをまるで視界に入っていないかのように無視して、真っ直ぐにルディアの前へと跪き、視線を合わせた。
「……、……ラ、イアス様……?」
一見冷酷に見える青灰色の目は、とろりとした蜂蜜がごとき甘さを含み、ルディアを見つめる。
「久しぶりだな、ルディア。……こんなに濡れて、可哀想に」
記憶にあった黒髪の艶やかさは失われ、元々鋭さのあった青灰色の瞳はより険を帯びたようだが、十年前にもあった美しさは少しも損なわれることなく、それどころか危うい野生味を含んだ事により、一層美形さに磨きがかかっていた。
自分の記憶と現実の乖離に一瞬躊躇うも、ルディアを見るその優しい眼差しは間違いなくライアスのものだった。
ルディアの拘束もいつの間にか解かれており、アルフレッドは端に寄り、恭しく跪いていた。
ルディアが混乱で戸惑いつつも、ライアスから差し出された手を取り立たせてもらう。
すぐに外されると思ったライアスの手は、そのままルディアの手を包み込んで、彼はルディアの手の甲に口付けを落とした。
「……この状況ではいまいちロマンスに欠けるな。まずは皇国を蝕む鼠を排除せねば」
死んだと思っていたライアスを近くに感じて、ルディアのこれまで懸命に封印し、つい先程解き放ったばかりの恋心は一気に燃え上がり、口付けされた手と頬に熱が集まる。
「き、……きさまっ、そいつはワシの妻だぞッッ!!」
それまでロジャース達をまるでいない者として無視していたライアスは「……妻?」と小さく呟いてロジャースへと向き合った。
「ああ、ひと月前に教皇庁へと出された義父上の婚姻届は私の手元にありますよ」
ライアスは事もなげに、とんでもない事をさらりと言ってのけた。
「義父上のお相手の女性の名前が、なぜかルディアになっていたので驚いてしまって。ちょうど兵糧として献上されてまだ生きていた豚がおりましたので、そいつの名前で出しておきました。残念ながら却下されてしまいましたが」
「……ぐっ、貴様……ッッ!!」
ライアスはにこやかにロジャースを煽り、ロジャースは真っ赤になって今にも高血圧により倒れそうだった。
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