第4話
ヌアル平原を渡る風が、アルドの黒髪をそよそよと梳る。
彼は、フィーネの手作りサンドイッチを平らげると、うとうとと眠ってしまったのだ。
「冬なのにこんなにあったかいこともあるんだね。お日様が気持ちいいなあ」
フィーネもまた、広げた敷物の上で、脚を伸ばして寛いでいた。
「冬至を過ぎたもんじゃから、お天道さまも張り切っておるのかもしれんなぁ」
格好の陽気に、このちょっとしたピクニックを発案した村長も上機嫌だった。
ところが、不意に日が陰った。
なんと、彼らの頭上に、合成鬼竜が出現したのである。
その甲板には、一機の人型ロボットが直立していた。
「ポム、行っちゃいま〜〜す♡」
スピーカーモードで、ロボットの搭乗者は宣言した。
そして、人型ロボットは、甲板から勢い良く身投げすると、両手で両膝を抱えて、三回ばかり前転した後、アルドの目と鼻の先に着地してポーズを決めたのである。
もしも機体に重力制御装置が搭載されていなければ、この時点で、尊いかどうかすら疑問な犠牲が発生していたかもしれない。
眠っていたアルドは、ようやくゆっくりと目を開けて、人型ロボットの決めポーズを一瞥した。
「ん〜……リィカ、またでっかくなったのか?」
体を起こして伸びをしながらも、アルドの反応は鈍かった。以前対峙したリィカ・デラックスだと誤認しているらしい。
だってそのロボットは、人間の二倍程度の身長で、スカートを履いた姿で、髪型はツインテールなのだから。
「ち、が〜〜〜う!!」
ロボの胸元のハッチがが大きく開いて、ポムが草むらに降り立ったのである。
「伝わっていないようなので説明致します。これは、モイナが自分の姿に似せて一から作ったロボットですわ!」
「……あっ、でっかいリィカとは色違いか!」
アルドは、ポンと手を打った。ツインテールは緑っぽく、スカートは白っぽいではないか。
「このニブチン!!……と言いたいところですが、まあ確かに、モイナがメロディなどと名乗って決めているコスプレと比べたら、見た目の再現性があからさまに低いことは否めませんわねぇ、急拵えのロボットだけに」
ポムは、改めて正面から機体を見上げて、溜息を吐いたのだった。
「……そう言えば、メロディは?」
アルドは見回したが、見当たらない。
「モイナなら、『冬至の祭り』でやっぱりあれこれショックを受けたらしく、只今絶賛、体育座りで引きこもり中でしてよ。ただし、ルナブライト家の別荘に招待されて引きこもっているわけですから、少なからず羨ましくはありますわねぇ。
ともあれ、モイナは、引きこもり状態から回復する過程で、一時的にアホの子と化すのが通常運転なんです。今回は、『あたしなんかでも、ロボットに隠れて陰ながらなら、お医者さんのお仕事ができるかなぁ』とかなんとか言っちゃって、このロボットをパパ〜〜ッと一人で急拵えしちゃったわけですの!」
なるほど、趣味でロボット工学を修めた彼女らしくはある……のか?
アルドは、真面目くさって腕組みした。
「うーん、これだけでかいと、陰ながらって感じにはならないんじゃないか?」
「同感ですわ。ルナブライト家の広大な別荘内で作ったらしいので、スケール感が狂ったのかもしれませんが……
ただ、モイナを『見境なき愛の医師団』に引きずり込む絶好のチャンスですから、本日は、このロボットの使用実績を作るためだけに参りましたのよぉおう♡」
ポムは、さらりと言ってのけると、艶やかに紅い唇をハート型にして微笑んだ。
そして、再びロボットに乗り込む際、一度だけ振り向いた。
「あのぅ……モイナが、特定のセリフを音声入力しなければならないように設定しちゃってますので、どうかご覚悟を!」
ポムが、眉根を寄せながらロボットに搭乗してすぐ、それは響き渡った。
「みんなの笑顔のためにぴゅあっとさんじょー。
例え魔法のステッキが使えなくても、あたしのこの手で未来を切り開いてみせるわー」
おどろおどろしいまでの低音による棒読みだった。
そして、セリフの内容とは裏腹に、ロボットは、アルドたちに背を向けて、草原に体育座りしたのだった。
次の刹那、ロボットの背中から翼が生えた!……わけではなかった。代わりに、先端に鉤爪を備えたものや、蛇のごとくしなやかに蠢くもの等々、人間の感性に照らせば異形の腕たちが、合計十二本も展開したのである。
「なんだか怖いよ……」
フィーネが、アルドに囁く。
「これらはみ〜んな手術用のマニピュレータですのよぉう♡初回限定で、無料で外科手術をして差し上げますわぁあぁあ♡」
ポムは、十二本のマニピュレータを、一斉にワキワキと操作したのだった。
「手術」という言葉なら、既にアルドも知っていた。
「未来を切り開くって、そういう……
え、でも、そんな大きな怪我や病気をした人なんて、この辺りにはいないと思うぞ!」
「あ〜らアルド、村長さんの腰痛は悪化の一途を辿っていて、フィーネさんの回復魔法で騙し騙しやっていくのも辛くなってきたんですわよねぇえ?」
「どうしてポムが知ってるんだ!?」
それは、彼女がアルドに自白剤を投与した際に、彼が、セティーと枢機院の関係性以外にも、あれこれ素直に話したからなのだが……
「わしは嫌じゃ!」
村長は、すっくと立ち上がった。そもそも今日は、腰の調子が久々に良いとあって、ピクニックを発案した彼だった。
「お嬢さん、せっかくだがお断りさせていただく。あまりわしを年寄り扱いせんでくだされ。それに、ただほど高い物はないとも言うじゃろう?
アルド、フィーネ、悪いが先に帰らせてもらうぞ!」
村長は、くるりと背を向けると、今日はたまたま普段よりも軽快な足取りを見せびらかすようにして、村の自宅を目指して歩き去ったのだった。
ただ、その頃には、「見境なき愛の医師団」に所属する合成人間たちが、合成鬼竜からヌアル平原へと、続々と降り立っていた。
ポムは、彼らに指示したのだ。
「村長さんをここへ連れ戻して!あの手この手で説得致しますから!」
ロボットの背中では、再びワキワキとマニピュレータたちが蠢いたのだった。
「イエス、マイドクター!」
アルドやフィーネが呆気に取られているうちに、合成人間たちは、大挙してバルオキー村へと向かったのだった。
「おい、ちょっと待て!」
アルドもまた眦を決して、彼らを止めようとするのだが……
星の夢見館のあるじは、未来においてどんな公益が得られるのかまでは語らなかった。
現時点ではただ、バルオキー村に、魔獣の襲来以来の危機が訪れたようにしか見えないのであった……
ドクターXmas 如月姫蝶 @k-kiss
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