第5話 魔石と会話

 朝起きると昨日の服のままだった。


 まあ、今日は休日、焦ることもない。


 服を脱ぎながらお風呂へ。入念に頭を洗い体を洗う。風呂から出るとまだ乾かない髪をタオルで巻き上げ、パジャマに着替える。休日の午前中はパジャマで過ごすのがわたしの日課。一日の始まりはお昼ごはんを食べてからだ。


 とりあえず、パンをトースターに入れ、卵とベーコンを焼く。ミントのハーブティーパックをお湯に入れるとパンが焼ける。


 テレビをつけて朝食を食べる。いただきます。


 今朝もニュースは『電力買い取り』の話題が中心だ。何度も聞かされ飽きてきているが、まあ、爽やかな朝から凶悪事件を聞かされるよりはマシだ。


 耳慣れた情報をおかずに朝食を食べる。そしてふと思う。


『電気ってなんだ?』


 言っておくが中学の授業でやる電子が云々という話ではない。これでも、中学教師のわたし、理屈は分かっているつもりだ。わたしが思うのは『なんで電気がここまでもてはやされるのか』って事。いくら発電したってそれをすべて蓄えておける訳じゃない。多少蓄えておく為にすら高額な設備がいる。それが電気と言う奴だ。便利ではあるが気難しい奴なのだ。


 そんなことを考えているうちに朝食を食べ終わる。さて、布団でも干しておくか。うちは東向き。午前中しか日が当たらないからね。


 布団を持ってベランダへ。布団かけに布団をかける。そして目に入るゴミ袋。


 あ、そういやうちにはもっと気難しい奴がいたんだった。


 このまま来週のゴミ出しに出すつもりだったジュエリーボックス。でも、その考えは今朝になって変わっている。なぜかって? それは今朝方見た夢が原因。優しかった祖母が夢に出てきたのだ。親には恵まれなかったが、祖母には恵まれたと思う。夢の内容は忘れたが、その祖母からの唯一の形見のジュエリーボックス。やっぱり捨てられない。


 一度かけた布団を持って部屋に入る。布団を置くともう一度ベランダへ向かう。今日はこの気難しい奴の相手をしようじゃないか。


 ドアを締めてゴミ袋の蓋を開ける。異臭が漂う。が、昨日程ではない。何故だ?


 とりあえず軍手をした手でジュエリーボックスを取り出す。ゴミ袋には赤い石が残っている。ついでに出しておくか。



【魔石】



 今日も飽きずに自己主張してくるな、コイツ。価値がないくせに。



【魔石】

 価値は使用者の使い方次第で決まる。



 ぬ、どういう事だ。自分に価値がないのはわたしのせいだとでも言いたいのか。



【魔石】

 この世界に価値のないものなどない。全ては見方次第。使い方次第。



 ちょっと、なに。生徒指導でも気取ってる? 説教臭いんだけど。



【魔石】

 ならば何も言うまい。



 あら、なにそれ。へそ曲げたの?



【魔石】

 ……



 ちょっと、なんとか言いなさいよ。急に止めるとか卑怯じゃない?



【魔石】

 「会話」とは相手を受け入れ合うもの。一方的な否定は会話ではなく「罵り」と言う。



 ……あ、すみません。会話してるつもりはなかったわ。で、会話したいんだけどいい?



【魔石】

 魔石に関しての質問は受け付ける。



 …、魔石はどうやって使うの?



【魔石】

 この世界で使用するためには魔道具が必要。



 …、魔道具って何?



【魔石】

 質問は魔石に関してのみである。



…じゃ、じゃあ、どうして魔石が箱から出てきたの?



【魔石】

 持ち主が箱に【アンカナメガネ】と言うものを入れたからである。



 …アンカナメガネ? 眼鏡って、あのなくなったやつ? でもアンカナって…アンカナ、アンカナ…安価…安価な眼鏡?! ちょっと、安物で悪かったわね。



【魔石】

 名前と性能は元の持ち主の心次第。その思いがアイテムに力を与えるようである。



 …じゃ、じゃあ、また何か入れたら別のものが入ってたりするの?



【魔石】

 質問は魔石に関してのみである。



 ………


 ジュエリーボックスを見る。臭ってみる。うん、そんなに臭くない。よし、決めた。このジュエリーボックスはこのままベランダに置いておこう。そして、これに色々と入れてみよう。


 部屋の中を探ってジュエリーボックスに入れる候補を見つけ出していく。ただ、闇雲に入れてはわたしの財政が破綻する。無くなった眼鏡だって安いと言っても五千円はするのだ。この調子でものがなくなれば食費すら削ることになりかねない。新米教師の懐は寒いのだ。


 家の中を漁ること一時間、やっと入れる候補が決まった。


 ボールペン

 消しゴム

 絆創膏ばんそうこう(1枚)

 納豆(3パック入り)

 テニスボール


 さあ、ギリギリ全部入りそうだから入れちゃいましょう。






 

 

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