第4話 魔石を買ってください
2日連続でやってきた駅前金ピカ店『成金王』。静かに開く自動ドアを抜けて店に入る。
目の前の知的で簡素な机には昨日と同じイケメン店長。わたしの入店にワンテンポ遅く顔を上げる。そしてゆったりと立ち上がり微笑を称える。
これよこれ。客の入店から絶妙に遅らす良対応。待ち構えてた感を感じさせず、客の来店に応じて立ち上がる。いいわ、やっぱりいいわ、このイケメン。
イケメン店長さんの控えめな勧めで席に座る。そして、カバンから【魔石】を取り出すしてカウンターに置く。
店長さんが白い手袋をつけて【魔石】を手に取る。そして入念な鑑定。ジュエリーボックスの時も時間はかけてくれてたけど、その時の表情とは全然違う真剣な眼。そうか、あのジュエリーボックスの鑑定時間の長さは店長さんの気遣いだったのか。
そんな思いで真剣な店長さんの表情に見入っていると、その表情からふっと力が抜ける。そして、目の前に差し出される魔石と申し訳そうに首を傾げる店長さん。
鑑定できなかったらしい。どの宝石の特徴にも合わないとの事。個人的にはとても興味があるが、店としては買い取りできないと優しく説明してくれた。
差し出された魔石をカバンに丁寧に放り込み、成金王を後にする。店長さんには何とか見せずに済んだが、今わたし、内心は超怒ってるのだ。勿論店長さんにではない。この魔石とそして自分にだ。
なにが「価値を知る者は正しい価値をつける」だ。裏を返せば価値を知る者がいなけりゃ、価値がないということじゃないか。そんな事も考えないで期待満々で成金王へ行くなんで。恥ずかしいったりゃないわ。
アパートに帰って魔石を玄関の鍵入れに放り込むと冷蔵庫から冷えたココアを取り出してコップに注ぐ。夜でも駅前まで歩けば汗もかく。水分と糖分、そして甘く香ばしいココアの香りが荒れた気分を落ち着かせてくれる。
ココアのコップを片手にテレビをつける。バラエティー番組が幅を利かせるゴールデンタイムに頑なまでにニュースを流し続ける国営放送。ニュース派のわたしには有り難い存在だ。そのニュースでここ数日騒がれ続けている話題がある。
『国家政策の三本柱の一つ、代替エネルギー事業の一般化がまもなく始まります』
まあ、この『代替エネルギー事業』、家庭、企業で電力を生み出せばどんどん国が買い取りますよって制度。但し、燃料を燃やしての発電は不可。この制度、環境問題に熱心な世界の一部の国からの圧力によって世論が環境保護に傾いたことで、政府が人気取りのために始めた事業だから。だから、環境に優しい発電方法でないといけない。
一昔前から太陽光発電はあったけど、この政策が打ち出されてから、世の中は発電ブームになった。「家庭で簡単発電」を売りにした健康器具と発電をミックスした商品がバカ売れしているらしい。
もうすぐうちにも電力買い取り用のコンセントが設置される予定だ。でもわたしがここに住んでいる間は一切使われることはないだろう。なにせ、わたしは運動が大が3個つくくらい嫌いだから。
明日は土曜日。仕事は休み。家でゴロゴロ過ごすか。そんな事を考えていると、ベランダから「コツン」と音が聞こえてきた。妙に浮いた音。普段聞かない音なだけに心に突き刺さる音だ。
なんだ? 泥棒か? 変質者か? 泥棒ならここはお前には残念な家だぞ。あるのは価値のない赤い石ころくらいだ。もし変質者ならわたしを狙うお前は確かに変わってる。もっとフェロモンむんむん撒き散らしたおなごを狙いなさい。
とりあえず気になるものは気になるので、ゴキブリ用の殺虫剤を右手にカーテンに近寄る。カーテンの隙間からそっと外を除く。何もないように見える。耳を澄ます。変わった音はしない。
少しずつカーテンを開ける。右を見る。下を見る。左を見る。上も見る。なにもない。誰もいない。
念の為にドアを開けてみる。外の生ぬるい空気と共に鼻を掠める異臭。
あ、忘れてた。
ベランダに放置されたゴミ袋。3重ビニール越しに微かに光を放つジュエリーボックスがわたしに存在をアピールしてくる。いやいや、できることならこのまま週明けのゴミの日までそのままでいて欲しい。
ビニール袋をつまみ上げるとそのままベランダの隅へと持っていってヒョイッと置く。
「コン、コロン」
ん? なんだ? 今変な音がしなかったか?
気になるものは気になるわたし。もう一度ビニール袋をつまみ上げると、左右に振ってみる。
「コロコロ、コロコロ」
え、なんか入ってる。なんで?
昨日、このビニール袋を結んだ時には、確かに何も入ってなかった。
結び目を確認する。
うん、昨日わたしが結んだそのままだ。ということは、あのジュエリーボックスの中に何か入ってるとしたら、それはあのジュエリーボックスが生み出したということになる。
いやいや、そんな訳……
うん、これはこれで泥棒や変質者とはまた違った怖さがある。オカルト的な怖さだ。どうする、わたし。右手の殺虫剤を握る手に力が入る。
確かめるしかないか…
確かに怖い気持ちもあるが、だからといってこれをこのままに一晩過ごすよりは今確かめた方がマシだ。
今回もビニール袋越しに蓋を開ける。蓋が開くと中から出てきたものは、玄関の鍵入れに放り込まれている魔石とよく似た石だった。
うん、ちょっと想像はしてた。
魔石で良かったと、変な安堵感を覚えると同時に体から力が抜ける。魔石をそのままにベランダの鍵を閉めると、風呂にも入らずベットに横になった。
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