第12話


 「飲みぃや」

 松原さんに無理やり持たされた茶わんに、酒が注がれる。虫の声は変わらず、あたりを包んでいる。

 「いや、俺は……こんな橋の上でなんて」

 「はあ?俺の酒が飲めんてかあ?」

 松原は、鼻白んだ顔で投げやりに言った。店にいるときの儚げな松原とのギャップに、修は戸惑う。

 多すぎる勘定を持って追いかけてきた自分が、どうして、橋の上に座らせられて酒盛りの相手をさせられているのか分からない。第一、この一升瓶はどこから出てきたんだ。

 「はあ~、俺は友人を弔うために、静かに酒を飲みたかっただけなのにな~」

 松原は、修の横で茶わんに酒をどぼどぼと注ぎながら、大きくため息をついた。一升瓶はすでに半分ほどに減っている。

 「ほら、飲みぃや、飲みぃや、って言うてるやろお」

 松原は、酔眼で修に無理やり一升瓶を押し付けてくる。

 「いや、俺、店に戻らないと」

 「あかん~あかん~お前は、俺に付き合え~」

 完全に酔っ払いの松原は、修の服の裾を掴んで離さなかった。

 「一口でええし、一口、飲んだらええねんて」

 どうやっても引かない松原に、修は閉口して、茶わん酒を舐める程度に口に含んだ。妙に甘いうえに、雑味が多いのが鼻についた。

 「俺はさあ、ほんま、友達をさあ偲んでさあ……」

 ただでさえ呂律の回らない松原の声に、虫のリンリンという大合唱が重なる。

 「松虫の声がさあ、聴きたいって」

 「まつむし?何ですか?」 

 修は、松原に耳を近づけて声を聞き取ろうとする。

 「あいつはさあ、それで―――あ、忘れてた」

 松原は一人で勝手に話して、一人で勝手に思い出したように立ち上がった。修の言葉は全然聞いていない。修は呆れて、欄干に寄りかかったまま、無意識に茶わん酒を口に運んだ。妙な甘さが頭の芯を痺れさせる。

 「俺は弔いのために―――」

 松原の声は、虫の声にさえぎられて途切れ途切れにしか聞こえない。気だるくなってきた修は、立ち上がった松原をぼうっと見つめていた。

 袖をひるがえしてゆっくりと動き始めた松原は、さきほどまでの酔っ払いとはまるで違って見えた。闇夜だったはずなのに、彼のいる場所は煌煌と月光に照らされている。

 「あれ……?」

 修は痺れた頭で、なんとか目の前の光景について考えようとする。松原は教科書で見た昔の衣装のようなものを身に着け、冴え冴えとした表情で舞っている。月光が照らすそれを、修は、うっとりと眺めるうちに、考えることを忘れた。

 「


 冷たさにハッと意識を取り戻すと、松原が修を見下ろしていた。修の頬に松原の冷たい指が触れている。

 「―――お前は、アホやなあ」

 寂しい笑顔で、松原はそう言った。

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