第8話
心臓がどっどっと脈打つ。あまりに激しく打つので、その音が他人にも聴こえてしまうんじゃないか、と恐れながら、修は松原の横へ立った。
カウンターの端で肩肘をついて壁にもたれかかっている松原は、修がそばに来てもメニューから目を離さなかった。自分が壁と反対側に立つことで、相手を囲い込むような位置になることに、修は抵抗を感じた。少し後ろに下がる。
「……何にしましょう」
修は声を絞り出した。自分が、心惹かれているのか、怖いのか、よく分からなかった。
松原は、ゆっくり修を振り仰いだ。三十代に入ったところか、三十手前。目元の疲れに雰囲気があった。薄くて細い鼻梁、大きめの口に薄い唇。印象的なのは、目が合ったあとすぐに流れるように外される視線の動きだった。切れ長の目の形が、揺れる眼差しを強調していた。
「―――修ちゃん、て言うんやな、あんた」
松原は修を見上げて、静かな声で言った。
「―――っ」
修は、予想外の言葉に、息を呑んだ。反射的に喉をゴクッと鳴らしてしまう。
ふ、と松原は表情を崩して笑った。鼻の先にしわが寄る。切れ長の目は、糸のように細くなり無くなった。くっくっくっ、と口に手を当てて笑いをこらえる。笑うと、儚げな雰囲気は消えて、ちょっと細身のおっちゃんだった。
「そんなに怖がらんでもええやん。おおかた、オレのこと、『幽霊やー』とか思ってんねんろ」
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