第4話
夏も終わりにさしかかり、夜には涼しさが感じられるようになった。
「よお!今夜も商売繁盛やね」
柳は、今夜も客でいっぱいだった。常連が暖簾をくぐって入ってくる。むりやり席を詰めて、一席を作る。
「ふう、暑いな、ビール……いや、そこまで暑ないな。冷酒にしよか」
客の注文にも、秋の気配が表れる。
「修ちゃん、お通し」
修は二番板に指示されて、くるくると働く。客が一巡した頃、修が一息つくと、彼はいつの間にかカウンターの端の席に座っていた。
(あれ……いつの間に来たんだろう)
先日、大将が噂したカウンターの隅でいつも一人で飲んでいる客だ。白地のパリッとしたシャツに、涼し気なグレイのボトムスだった。時計ははめていない。鞄もない。いつもの身軽な装いだった。
(A子さんが案内したのかな)
修は、アルバイトの女性のA子を思い浮かべた。いつも、そのお客が店に入るところや案内されるところを見かけないのを、不思議に思っていた。
(こんなに小さな店なのに)
「修!」
「はい!」
ぼんやりとその客に気を取られていた修は、カウンターの中の大将に呼ばれて、いたずらを見られた子どものように、びくっとしながら返事をした。
外空には満天の星が広がっていた。真夏の水蒸気の多い空とは違い、澄んだ空気が星を輝かせている。スーパーの袋がガサガサという音だけが聞こえる。
レタスが足りなくなったので、修は買い物に出されたのだった。
川べりに沿って歩くと、日中の火照った体を冷やす風が肌に気持ち良かった。
―――リン
きらめくような音が聴こえた。修は、思わず足を止めて周りを見回す。住宅街の夜は静かだ。街灯もそれほど多くなく、修は藍色のなかにぽつんと立っている気がした。
気のせいかと思い、再び歩き出そうとすると、ふたたびきらめくような音が響いた。今度は、さっきよりずっと大きく、近くで。
―――リン、リン、ティンティロリン、リン
一斉に鈴が鳴り出したような気がした。澄んだ音が、夜空へ駆け上っていく。
(ああ、秋なんだ)
虫の声は、堰を切ったように空気を震わせた。
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