第34競争 有馬記念

 12時前なのに眠いし寒い こうしてリビングに向かう間にも

 気を抜くと上瞼と下瞼が、小鳥さんのようなキスをし始める


 昨日のサプライズなプレゼントが嬉しすぎて眠れなかったんだから仕方ない

 今日の競馬愛好会にイヤリングはしていこう


 付き合い始めて最近になってから分かった事だけど

 そらの愛情表現は基本は軽いノリだってこと。

 そして、本当にわたしに伝えたい時には、照れてるのか口数が少なくなるってことだ


 もしかしたら空は空で本気で想いを伝えてわたしが拒絶したり

 離れて行くのを怖がってるのかも



 リビングのテレビをつけると

 ちょうど空が映っていた

 最近は感覚麻痺してたけど

 テレビに恋人が出てる。って凄いよね


『ではでは、良い日曜日をMerry Christmas』


 テレビの中の空は指でハートを描いてニコやかな笑顔を振りまいていた


 ダメだ。また頬が勝手に緩んでしまう

 だって 星宮 空があんな手の込んだ事してくるなんて

 さすがのわたしもビックリだわ


 サスペンス劇場じゃなくて

 ロマンス劇場だったじゃない

 わたしももっとプレゼントしたかったな

 いらない物を上げるのも押し売りみたいになっちゃうし

 無条件で空が喜びそうなものってなんだろ








 競馬愛好会に着くと空しか来てなかった


「あれ? 空だけ」

「アタシ仕事終わってすぐ来ちゃったから」


 ソファで紅茶飲んでるみたいだけど、わたしの耳を凄い見てるよね


「あ ありがと。イヤリング大事にするね」


 隣に座ると空がイヤリングを触ってきた


「どういたしまして、可愛い。似合っ」


 わたしからキスするなんて初めてなんだけど

 これしか思い付かなかった


 勢い良すぎたのと目を瞑るのが早すぎて

 上手く出来なかったけど

 唇を離すと空の目が潤んでいるように見えた


すいからなんて初めてじゃん」

「し 知らない」    


 される事は慣れてるけど

 する事なんて慣れてないから恥ずかしくて逃げ出したい


「イヤリングって2個あるよね」


 ほら 来た

 いつもからかってくるように

 わたしの奥底まで覗き込むような目


「今のは右と左どっちの分? 」

「ど どっちも」

「ふ〜ん。じゃあ、イヤリングは関係なしで」


 誘うように人差し指でちょんちょんと自分の唇を空は触ってるけど

 これは、もう1回って事だよね……



 ドキドキしながら空の肩に手を添えた

 餌を待ってる犬みたいに空の目はランランと輝いてる

 尻尾があればブンブンと振ってそう


 ホントに空の目は色々と変わるなぁ

 ってか、ずっと見つめられてるのも恥ずかしい


「空、目瞑ってよ」

「は〜い」


 やけに素直だ

 空が目を瞑ると長い睫毛がクルンと上を向いていた

 キメ細かい肌に形の良い鼻

 赤く艷やかな唇


 か 可愛い 完璧なほどに可愛い


 前はここまで思わなかったのに

 わたしの恋人、むちゃくちゃ可愛いんですけど


 思わず生唾飲んじゃったじゃない


 パチっと空が目を開けた


「もう、待てない」

「ちょ、まっ」



 首に腕をまわされ抱きつかれたまま

 ソファに押し倒された

 下からみても可愛いし

 空の長いサラサラな髪が首すじに触れてくすぐったい


「彗の鼓動が聞こえる、バクバク言ってる」 


 わたしの胸に耳を当てるようにしてる空だけど  

 この状態でしない方がおかしいよ



「落ち着くなぁ。アタシ眠くなってきたかも」


 空の髪からは柑橘系の爽やかで繊細な香りがしてくる

 頭を優しく撫でると空は目を細めた



「ホントに眠っちゃうよ」


 顔を上げて甘えるように言ってくる空がたまらなく愛しく思えた



「良いよ、寝ちゃいな。皆が来たら起こすから」

「うん」


 本当に空は数分もしないうちに

 可愛い寝息を立て始めた

 その寝息を聞いてると

 わたし自身満ち足りていくのを感じる


 空に少しでも安らぎや癒やしを与えられる存在になりたい


「大好きだよ、空」


 囁くと空の睫毛が少し震えた







 うっ 何か頬に違和感が

 痛痒い……


「ん、生存確認完了」


 なに? あれ、わたし寝てた??


 目を開けると横にしゃがみこんで、わたしの頬をツンツンしてるエイルちゃん


「良い寝顔だったよ。ひらっち」

火山ひやまさん? いつの間に」

「10分くらい前から」 


 時計に目をやると15時を過ぎていた 


「ハイ。寝起きの紅茶」


 空がティーカップを机に置いてくれた

 わたしより先に起きてたんだ

 全然気付かなかった



「お越してくれれば良かったのに」

「寝顔が可愛かったから」

「イチャつくのは後でしてくれ、もう『有馬記念』本馬場入場だぞ」



 ヤバっ わたしの『テネブラエ』が出てきちゃう


 有馬記念、別名『グランプリ』

 勝ち馬はグランプリホースとも言われる、中山競馬場で行われる芝2500メートルのG1競争


 競馬ファンに取っては毎年暮れの恒例行事であり、1レースでの馬券売上はギネス記録にもなるほど、ライトな層からも関心度は高い

 ファン投票によって主に走る馬が決められるので『夢のレース』とも言われる



『6枠12番。史上最多票を獲得した無敗の3冠馬、国内最終戦との話も出ておりますが、今日も圧倒的1番人気に応えるか、漆黒の怪物テネブラエ』



 今日もイケメンだよ

 芝生に入ると周りを見渡す仕草をしてから颯爽と走っていく

 自分が王者だ。って分かってそう


 さっき、アナウンサーの人も言ってたけど



「『テネブラエ』来年はずっと海外遠征なんだよね」

「平地は推しメンの事はしっかり分かるんだな。この有馬の結果と春先の体調次第だろうがな」



 『テネブラエ』は順調なら、来年はドバイや香港。イギリスにフランス、アメリカ等の大レースを予定している

 まさしく世界を転戦することになる。



「陣営が『日本競馬の為にも世界一の馬になるべきだ』言ってるからな」

「社会現象になるほどの馬だし、ボクもだけど皆も海外の強敵を倒すとこみたいでしょ」

「だね。『テネブラエ』なら凱旋門ホントに勝っちゃいそうだけど」



 3人が言ってるけど競馬関係者もファンも皆が『テネブラエ』に期待してるし、夢を見てるんだ

 日本競馬悲願の凱旋門賞制覇


 今までに国内最強、史上最強と言われてきたレジェンド級の馬でさえ挑戦しても勝てなかったレース



 競馬初心者のわたしでさえ『テネブラエ』が凱旋門勝つとこを期待してるし見てみたい

 それくらいに圧倒的な存在感と強さを『テネブラエ』は持っていると思う



「ニコちゃんのお祝いは有馬記念終わった後にしようね」

「ボクのお祝いってより『テネブラエ』有馬記念制覇のお祝いになりそう。特にひらっちは」

「そんな事はないよ! 」



 火山さんのお祝いはお祝いで大事だし、しっかりと祝ってあげたい。


 それと同時に『テネブラエ』はやっぱり、わたしにとっては特別だ

 最初に観たレースが『テネブラエ』じゃなかったら、こんなに競馬にハマってないかも 

『テネブラエ』の走りに一目惚れしちゃったんだから仕方ない




『テネブラエの国内最終戦を目に焼き付けようと、中山競馬場の観客数は15万人を超えております』

 


 G1のファンファーレが青空に鳴り響く

 ゲート入りは順調に進み


『古馬勢と初対決ですが、もはや国内に敵は無し。ファンの注目は、どの馬が勝つかより、テネブラエが何馬身離して勝つか。でしょうか、クリスマスに行われる有馬記念スタートです』



 ゲートが開くと同時に巻き起こる大歓声が地鳴りに聞こえる

 誰もが『テネブラエ』を目で追ってるだろう



『1000メートル通過タイムは1分ジャスト。平均ペースに落ち着いたか。テネブラエは後方3番手』



 後方を悠然と走るテネブラエを中心にカメラは映している

 有馬記念程の大レースなら選ばれた16頭って呼ぶのが普通だけど

 テネブラエかテネブラエ以外かになっていた



「『テネブラエ』は何処で上がってくかだな」

「第3コーナー位からまくって行かないと、ボクは届かないと思うよ」

「ニコちゃん。皐月賞では届いたじゃん」

「皐月賞より有馬記念に出てるメンバーの方が格上だよ。このレベルで追い込みは無理だよ」



 正直わたしにはレース展開やらペース配分なんかは、まだ分からないけど『テネブラエ』が負ける姿が想像つかない


 後方から一気に先頭に躍り出て、涼しい顔でゴール板を駆け抜ける、怪物であり王者の姿しか見た事ない



『第3コーナー周って、ここで外からテネブラエ上がってくるか』



 ほら、大歓声が上がってきた

 いつも通り他の馬を追いこし…………



『ああぁぁ!! 1頭転倒! テネブラエ? テネブラエだ! テネブラエに故障発生か、何と言う事だ! 飛んでもない事になりました!! テネブラエに故障発生。転倒したまま畑騎手も落馬』



 外から上がって行こうとする黒い馬が

 前のめりに芝生に突っ込み

 土煙が上がるとともに騎手は振り落とされていた


 黒い馬は起き上がろうとして両前足を芝生に立てるが、上手く行かず芝生に寝転がってしまう


『変わって先頭は……』



 何も聞こえない。

 周りで空や火山さんが何か言ってるみたいだけど。良く分からない



 倒れても立とうとしたのは本能なのか分からないけど


 涙が勝手に溢れてきた

 TV画面には何も映ってないよ 

 テネブラエ走ってるかもしれないじゃん

 無敗の怪物だよ 絶対王者なんだよ

 国内最終戦なんでしょ? 

 来年は凱旋門賞取るんでしょ??



 『最悪にならない事を祈るしかないが、これも競馬だからな』ボソッと言った一ノ瀬さんの言葉だけが深く突き刺さった



第3章完  最終章へ続く


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