第30競争 文化祭 完

 一ノいちのせさんとの電話が終わるとそらは困ったような笑顔をした



「良いニュースと悪いニュースどっち聞きたい」


 良いニュースしか聞きたくはないけど


「じゃあ、先に悪いニュースからで」

「放送室の前に上村先生いるって」


 怒られるんだろうな……勝手に占領しちゃったし

 競馬中継はしちゃうし


「良いニュースは? 」


 クフフと小悪魔のようにつやっぽい笑みを浮かべる空


すいは首筋が弱い。ってのが分かったこと」

「っん 空……」



 カプッと首筋を空が甘噛してくるので吐息が漏れてしまう


「防音だし個室だし、アタシたちも放送委員になろっか」

「そ……ら」



 耳朶みみたぶを優しくいじられながら

 ゆっくりと触れるか触れないかの狭間で生温かい舌をわしてくる


 体の中から火照ほてるのを感じた

 もっと空を味わいたいのと、背徳感が混ざり合い自然と眉間にシワがよる

 吐息が漏れるのが恥ずかしくて唇を強く噛み締めた



「ご馳走さまでした。出よっか」



 目を開けるとニンマリと笑う空の顔があった


 遊ばれてる? わたし遊ばれた!?

 反応見て楽しんでわね!!



「イジワル」

「何で?」

「何でも! 早く出よう」



 ドヤ顔してるみたいに見えて何かイラつく

 空は経験あるのかなぁ……女の子と? 気になる



 録音室を出て放送室のドアを開けると

 放送委員に上村先生が立っていた

 放送委員がブツブツ何か言いながら放送室へと入っていく



「あなたたち、何でこんな事したのよ? 」



 上村先生は怒ってるってより呆れていた


「こうするしかなかったですもん」


 空は上村先生が持っていたプログラム表を奪い

 競馬愛好会の名前が消えてるページを開く


「文化祭実行委員に消されたんですよ! 」

「星宮さん。何、言ってるの? 」


 プログラム表に目をやる上村先生の目が一瞬だけギョッとしたように見えた


「上村先生に参加証明書出したじゃないですか。文化祭でやるテーマと趣旨内容書いて」



 空はプログラム表の一部分を指で指す

 そこの部分には『イマドキ同好会』としか書いてなく、何処で何をやるのかも全部が空白だった


「こんな嫌がらせ受ける位なら、最初から参加しなかったのに」

「アハ……アハハ、そ そうよね。先生もそう思うわ……よ」


 何か上村先生歯切れ悪くない?


「星宮さんと平地さんも、戻って良いわよ」



 もっと怒られるかと思ったけど、あっさり終わった

 思わず空と顔を見合わせると

 空も不思議そうな顔をしていた



「あら、星宮さん。競馬実況、凄い良かったわよ! 」

「和田先生。ど、どうもありがとう御座います」


 学年主任の和田先生が小さく拍手しながら空に話し掛けてきた


「最後の平地さんとの掛け合いなんて、競馬知らなくても笑っちゃったわ」

「それは……良かったです」

「聴いてた人たちも凄い盛り上がってたわよ。こんな隠し玉を用意してたなんて、プログラム表が空白だったから何かしてくるだろうとは思ってたけど、今年は上村先生が1位ね」



 和田先生は上村先生の肩をポンッと叩くと去っていった


 盛り上がったのは良いけど

 隠し玉? 空白だから? 1位? なんのこと??


 上村先生を見ると明らかに笑顔が引きつっていた

 空もおかしい事に気付き始めたのか


「上村先生。ちょっと競馬愛好会まで、ご同行願えますか」







 厳粛な雰囲気の中でそれは始まった


「これより。上村先生の業務上過失による裁判を始めます。被告人、上村先生前へ」


 一ノ瀬さんの声がピンと張り詰めた空気に響き渡る

 上村先生はいそいそと皆の前に立つ


「まずは原告『競馬愛好会』からどうぞ」

「星宮 空です。アタシは間違いなく、細々こまごまと記載した参加証明書を上村先生に出しました。念の為にスクショしてます」


 空はスマホのスクショ画面を皆に見えるように手に持った


「日付も提出ギリギリの火曜日になってます」

「被告人は何か意見ありますか? 」


「先生に弁護人はいないのかしら? まぁ、良いわ。星宮さんから参加証明書は受け取りました」


「受け取った事は認めるのですね。では、プログラム表が空白だったのは何故か分かりますか? 」


「も 黙秘します」


 空は上村先生の周りを歩き始める


「参考人として、文化祭実行委員を呼んでも良いんですよ。こっちは」

「被告人に再度伺います。白紙だった理由は分かりますか? 」



 目が泳ぎ始める上村先生



「えっと。その、あの…………本当にごめんなさい。先生が実行委員に出すの忘れました」

「被告人は原告から受け取った参加証明書を実行委員に『ちゃんと出した』と、原告には言ってる事については」

「星宮さんに言ってから実行委員に出せば同じことかなぁ……って」


一ノ瀬さんは大きいため息ついた


「それで、結局出し忘れたんですか? 」

「そのようですね……はい」

「ん、実刑実刑」


 傍聴人役なのか後の席に座るエイルちゃんから声が飛んでくる


「静粛に。これ以上騒ぐと退出させますよ」


 大人しくなるエイルちゃん


「被告人がそれに気付いたのは星宮……原告に言われてからだと」

「ハイ! その通りです。弁解の余地も御座いません」


「じゃあ、先生。和田先生が言ってた隠し玉とか1位とかは? 」


 空はもう普通の喋り方に戻っていた


「それは、あれよ。毎年有志の先生方で、顧問や受け持ったクラブ活動の催し物が、来客者アンケートで1位だったら商品券貰えるのよ」

「それって大丈夫なんですか? 」

「もちろん違法行為でもないわよ。『イマドキ同好会』は先生が受け持ってるから」



 何で少し誇らしげに言ってるのよ。

 聞きたいことがあったので

 わたしは手を上げた


「平地、どうぞ」

「今年は有志メンバーが少ないから。って言うのも嘘で商品券欲しさですか? 」


「いやぁ〜。嘘って言うかぁ……ほら、アレよアレ。火山さんが騎手試験受かったら、今年で何か皆でやるの最後じゃない。だから、あなたたちに想い出を沢山作って欲しい、みたいな……」

「ボクは嬉しいけど、今考えましたよね?」

「ん、市中引き回しじゃ!! 」



 火山さんにエイルちゃんも怒ってるじゃない

 先生の言い訳にげんなりしてそうな一ノ瀬さんは面倒くさそうに丸めたプログラム表で机を2回叩いた



「被告人。上村先生に判決を言い渡します……風間から」



 もう一ノ瀬さん興味なくしてる!?

 しかも寄りによってエイルちゃん?


「ん、上村先生は懲役350年」


 まさかの欧米式?? さすがはフランス帰り



「風間さん。もう少し短くならないかしら」

「ん、懲役350年が今ならなんと」

「今ならなんと? 」

「ん、鞭打ちの刑も付いて据え置き懲役350年」

「あら、お得……みんな、これを見てちょうだい」



 上村先生は小脇に抱えていたクリアファイルから何枚かの紙を出してきた


「来客者用のアンケートを何枚か見せて貰ってたんだけど」



 机の上にアンケート用紙を置くと上村先生は書いてある文章を読み上げた


「『星宮 空も好きだって言う競馬に少しは興味持ちました、実況の声が素敵でした』『擬人化した

 人の話が面白くて競馬に親近感わきました』」


 来てくれた人の生の声ってやつだ!!

 凄い嬉しい!! 少しでも興味持ったり親近感出てくれるならやって良かったよ!!


「『女子高生でも競馬好き。って何か特別感あって良いと思った』『馬にも色々なドラマがあるのを知れて良かった』『王子様とゴスロリ姫が尊い』」


 最後のは競馬関係ないよね


「どう? これは一部にしか過ぎないわ。これだけの反響を集めたのよ! 結果成功したのよ。素晴らしいわ、本当にあなたたちは立派で賢くて素敵だわ」


 大仰な話し方で拍手しながら帰って行こうとする上村先生



「で、ひなちゃん先生。商品券はいくら貰えるのかな? 」


 凄いニコニコ顔の火山さん

 声のトーンが低すぎて

 そのギャップが怖い


 上村先生が慌てて振り返る



「この後、予定なければ皆で焼肉行きましょう。今日は先生奢っちゃう! 皆の頑張りを讃えさせてちょうだい」

「はぁ〜。みんなに焼肉奢れる位には貰えるんだ」



 トコトコとやってきては上村先生に抱きつくエイルちゃん


「ん、焼肉食べる〜」

「ボクも食べるけど」

「じゃあ。アタシも! ほら、彗も行くよ」



 わたしの手を握ってくる空

 結局、上村先生に良いように丸め込まれた気もするけど

 皆が楽しそうならそれで良いよね


「当然、私も行くが、星宮。また太るぞ」



 皆で仲良く競馬愛好会の部屋を出る中

 空の叫び声だけが響いていました



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る