第29競争 文化祭④
バックヤードからチラッと覗くと
本馬場入場が始まると一ノ瀬さんに呼ばれ、菊花賞に出る馬を1頭ずつ擬人化に見立てて、わたしが説明する事になった
馬だと思うから親近感が出ないんだ。擬人化にすればイメージしやすい。と、一ノ瀬さんに言われたけど前から勝手にわたしはやってたもんな
「この馬は父親がドイツの馬で母親も
「この馬は馬体も小さくて体が弱く、レース間隔を空けないとダメで
「この子は病弱系男子と同じ厩舎なので2人は親友です。この子の場合、馬体も大きくレースの出走数も多いです。いつも元気で冗談ばかり言って、病弱系男子を支えてました。今日は初めて一緒のレースに出ます」
なにこれ? 罰ゲームかなんか!?
確かにわたしは馬を人間に例える事はしょっちゅうしてるけど、それを知らない人の前で言うとか
泣きたくなってくる
チラッと窓の外に目をやれば文化祭を楽しんでる人たちで溢れ返っているのに
わたしには楽しむ余裕なんか全然ない
手汗がヤバいし鼓動が早くなる
何で18頭も出るのよ もう、はやく終わってほしい
「この馬は」
テレビの大画面に映し出されてるのは、キタコレわたしの推しメン!!
「この馬は『テネブラエ』って言って、ラテン語で『闇』って意味です。漆黒の馬体に長い
ゴホッゴホッっと強い咳払いがしたかと思うと
一ノ瀬さんは小声で伝えてきた
(もう、テレビは別な馬の紹介になってる)
ホントだテネブラエはもう映ってないじゃん
まだまだテネブラエについて話すことあるのに!
何とか無事に18頭の擬人化紹介をしてバックヤードに戻ると、空がエイルちゃんの着替えを手伝っていた
「ん、出来た」
「良いね、エイル。どっから見ても小学生だよ」
黒髪のウィッグに子ども服に着替えたエイルちゃん
先に歩き出しちゃったけど
後ろ姿も完全に小学生にしか見えない、小学生より小学生っぽいよ
「
「ここまで来たら、とことん付き合うよ」
「それって、結婚を前提に」
「ちゃんと責任取ってよね」
冗談に付き合ってる場合じゃないけど、わたしが言うと空は満面の笑顔になった
「今日のこれからの事も、未来の事も取るよ」
エイルちゃんもいなくなって
空のスイッチが入ったのか
手首を掴んでくると一気に引っ張られた
強く抱き締められて頭をポンポンされる
「充電させて」
「キスはしないよ」
「それは後のお楽しみにとっとく」
わたしは空の花の蜜のような少し甘い匂いが好きだ
安らぐし幸せな気分になる
空はわたしのミルクみたいな匂いが好きだと言ってくれる
「空、くすぐったいって」
鼻をわたしの首すじに押し当ててくる
深く息を吸い込んでから
空はようやく離れた
「おし、充電完了」
エイルちゃんに追い付き放送室に着くと
空はエイルちゃんと手を繋ぎ放送室をノックした
「あれ?
扉が開くと見掛けた事がある放送部員が出てきた。
「この子、迷子っぽくて校内放送して欲しいな。って」
「だったら迷子センターの方が良いと思うよ」
開いたドアから中を覗いてみると、ガラス越しの奥に1人マイクに向かって、何かを喋ってる生徒の姿が見えた
「ん、母上様ァァ」
「あっ ちょっとキミ」
星宮さんの手を振り離してエイルちゃんは放送室に勝手に入ろうとしたけど部員に肩を掴まれる
「ん、痛い。肩が痛い肩がガタガタ、ガガガガガ」
「え? そんな強く触ってないけど、ゴメンね大丈夫? 」
しゃがみ込んでは泣きじゃくる真似をするエイルちゃん
「ドア閉めてよ。って、どうしたの? 」
奥から放送を終えた生徒も
扉の外まで出てきたのを見計らって
「
放送部員と入れ替わる形で放送室に入り
すぐにドアに鍵を掛けた
「エイルちゃん大丈夫かな? 」
「エイルの事だから、多分もう愛好会の部屋に戻ってるんじゃない」
空は「さてと」と言いながら録音室に入っていく
菊花賞まだ始まってないよね?
放送室のテレビを付けるとCMが流れていた
空に続いてわたしも録音室に入る
「時間的にCM明け5分後位にスタートかな」
「ってか、空は機械の使い方分かるの? 」
「ラジオの仕事もやってるし、大丈夫」
手慣れた様子で空はセッティングしていくとテレビは菊花賞のファンファーレが映っていた
「これでオッケー。後はここ押せば声が流れるよ」
「何とか間に合ったね。今、ファンファーレやってる」
「だね。ここからだと見えづらいけど、頼んだよ彗」
後はわたしが実況するのを
空がマイクを通して学校にいる全ての人に届けるだけだ
空の実況の方が当たり前だけど声も通るし聞きやすい
テレビに目をやると全馬ゲート入りを終えてスターターがゲートを開くのみになっていた
「よし繋ぐよ! 」
空の隣に座りわたしが頷くとゲートもガシャンと開いた
『さぁ。クラシック最終戦、菊花賞スタートしました。まずはヤンチャなイケメン、メイオウカイザーがハナを奪います。2番手にイケメンエリート、ドイツ人留学生のヴァイスハイト』
わたしは擬人化したまま実況する事にした。それを空がそのままマイクを通して伝える
外の状況がどうなってるか分からないから逆にやりやすい
『バロンビアンコは病弱なバロンネロが心配なのか、横にピッタリと付いてます。同じ厩舎で親友同士、連携して上位を狙います』
『後方集団には典型的な良い人止まり、どのレースでも善戦はするものの、なかなか勝てないブリジャール! そして、その後ろに漆黒のイケメン、テネブラエ! 近付きがたく、憧れよりも
空はわたしの言葉を正確に
しっかり緩急も付けて実況している
『イケメンエリート、ヴァイスハイトが坂を下る所で仕掛ける、良い人止まりを返上して、意地を見せるかブリジャールも押し上げてくる』
漆黒の馬体が最終コーナーで内に切れ込みながら伸びてくる
「ごめん。アタシ無理だ」
空はそう言うとスマホのラジオアプリを立ち上げてマイクに近付けた
わたしも空もテレビに釘付けになり喋る所ではなかった
スマホのラジオアプリからは
『そして、一気に差を縮めてくる絶対王者テネブラエ!! 中山、東京に続き、ここ京都も闇に包まれるのか!? 外目の良い所を通ってヴァイスハイトとブリジャールの追い比べ、内からはテネブラエが伸びてくる! 内と外で離れたがテネブラエだテネブラエ!! 』
日本ダービー同様にテネブラエは直線半ばで独走になる
『何処まで強いんだ!! 後ろからは何にも来ない! 今、悠々と先頭でゴールイン!! 日本競馬史上4頭目! 無敗での3冠テネブラエ!! 絶対王者、孤高の天才、漆黒の怪物。圧巻のパフォーマンス!! 間違いなく日本競馬の至宝です』
「やったー! テネブラエ3冠だよ3冠。凄いよ空!! あ〜ん、もうテネブラエ凄すぎる 格好良いよ!! 孤高の天才だって」
「ヤバいね!! 最終コーナーで
「ってか、ブリジャールまた3着の良い人止まりだったね」
「それな。彗は典型的な良い人。言ってたけど、クラシック3戦とも3着ってトップレベルで普通にハイスペックなんだけどね」
2人で大笑いしちゃってるけど
もうハイになって何を言っても何を聞いても面白くなっちゃった
「普通にハイスペックって、どっちだよ。って感じなんだけど、ウケる」
「メイオウカイザーも、やんちゃし過ぎてダービーと同じく暴走気味になって失速したし、アタシ少しは応援してたのに、皐月賞だけじゃん上手く逃げられたの」
「空ってやんちゃ系好きなの? ってか、ある程度人気背負うと、張り切り過ぎちゃうんだよ」
「馬だったら、やんちゃ系可愛いじゃん。あぁね。そういう裏目に出るタイプいるんだよね」
「それに菊花賞って3分ちょっとのレースなのに、わたし3日くらい話せそうなんだけど」
「アタシなら3ヶ月は話せるよ。年末には『有馬記念』あるから、3冠取ったテネブラエが初めて
「年上だろうとテネブラエなら絶対、有馬記念も勝つよ」
「……彗、ちょっと待って、これ音切ってないかも?? 」
「え? 音?? 」
ああぁぁぁぁぁ
放送中のままじゃん!!!!
慌てて空は音を切ったけど
けっこう喋ってたよね!?
「どうしよう、空」
「どうしようもないでしょ」
「そうだけど」
「彗、終わったね」
何で空はこんなにニコニコしてるんだろ? さっきの会話が皆に聴かれてて恥ずかしくないの??
「ほらほら、彗ちゃん。何か忘れてませんか? 」
「音を切るのを忘れた」
「逆にアタシは今から、また音を入れたいけどね」
「どういう」
空の立てた人差し指が唇に振れる
わたしが口を閉じると
そのまま唇を近付け下唇を甘噛みされる
こそばゆい感覚と
空の唇が離れると
「ここ防音なんだよね」
妖しく耳元で囁いてくる
ゾクゾクっと腰が浮つく感じがした
空の指がわたしの耳の裏から首筋へとゆっくり動いていく
思わず目を閉じた
「もぅ! いいとこだったのに、ミズちゃんから電話来ちゃったよ」
目を開けると空のスマホのディスプレイに一ノ瀬さんの名前が出ていた
わたしは
おあずけされたのかな……
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