第3章 それぞれの進路

第25競争 天高く乙女肥ゆる秋

すい、やったね。満点だよ」


 そらはプリントを片手に持ちながらバンザイしているけど

 満点なんて当たり前よね 

 ここ半年間はテスト勉強と同じくらいに、空から貰った辞典や自分で買った競馬本で勉強してたし


「これで、平地ひらちも『うまじょ』に近付いたな」

「でも、各競馬場の特性だったり、血統だったり分からないこと沢山だよ」

「私たちも知らない事は多いぞ。競馬も競走馬もリアルタイムでどんどん変わって行くしな」


 そこよね。空から貰った辞典はアップグレードしてるとは言え少し古いものだ

 重賞レースは年に何レースか距離が変わったり

 競馬場が改修工事になって、例年と違う競馬場で重賞をやったりと、リアルタイムで追っかけないとすぐに古くなってしまう


「まぁまぁ。彗が満点取ったって事は、アタシたちと同じ位の知識は身に付いてるから、競馬に関しては会話で置いてけぼりになることもないだろうし」


「平地は今まで誰かに解説して貰わないと付いて来れなかったからな」

「良し、彗が満点取ったご褒美にケーキ食べよ。アタシ用意してあるんだよね」


 やった! 空が買ってくるスイーツにハズレはないからね


「ん、ケーキって聞こえた」

「エイル今まで寝てたでしょ? 何で起きるのよ」


 空の『ケーキ』に反応したエイルちゃんは、寝ていたソファから立ち上がると、棚に向かいせっせとお皿とカップを用意し始めた


「ホントにエイルは食べて寝てばっかじゃん。何で太らないのよ? 」

「星宮も食べてるが細いだろ」


 一ノ瀬さんはそう言ってるけど、ハグし合うわたしは知っている


 確かに空は少し太った 

 元が細いのだから全然気にしなくて良いレベルなんだけどね


「でも、注意しないと秋はたくさん美味しいものあるから」

「なら、ケーキ食べるの止めたら良い」

「ミズちゃん。今日は彗が満点取った、おめでたい日だから良いの」


 一ノ瀬さんは、なら最初から言うな。みたいな顔してたけど

 面倒くさかったのかタブレットを触り始めた





 騎手になる為の2次試験が来週にあって、勉強中の火山さんがいないのは寂しいけど

 4人でケーキを食べた

 何かを成し遂げた後の甘いものは自分へのご褒美なので、わたしは罪悪感なく食べられたけど


「これでまた太っちゃうのかな」


 独り言の様に呟く空


「だったら、最初から食べなきゃ良いだろ」

「その選択肢はアタシにはない」

「じゃあ。太っても仕方ないだろ」

「それは嫌なの」

「面倒くさっ ワガママだよ星宮」

「女の子はワガママなんだよ。前にミズちゃんもニコちゃんに『私、ワガママだから』言ってたじゃん」


ご丁寧に一ノ瀬さんのモノマネまでする空を見ては、顔がみるみる赤くなってく一ノ瀬さん

初めて空が一ノ瀬さんを論破してるとこ見たよ



「くぅ。あれ乗る」



 一ノ瀬さんへの助け舟なのか、やっぱり何も考えてないのか、エイルちゃんが指さした先には、昔に使われていた体重計が壁の前に置いてあった


「あれ、だいぶ前のじゃない」


 空が言うように体重計はキャスターが付いてあって

 乗ると大きくて見やすい目盛りが顔の前にあるやつだ

 

「ん、プロとは己を知る事なり。斤量きんりょうは大事」

「風間『斤量』って、競走馬が背負う負担重量だろ」

「くぅ、モデルもしてる」


 なるほど。モデルもしてる空だから自分の体重くらいは常に知っておけ。って事ね



「うっ エイルに言われるとは……前は毎日測ってたけど、確かにここ2週間くらい測ってないかも」


 エイルちゃんはわざわざ体重計をこっちにまで持ってこようとすると


「エイル! 持って来なくて良いよ。アタシがそっち行くから」

「星宮、こっちで測って体重バレるのが嫌なのか」

「普通は嫌でしょ」

「そうか? 」

「え? 逆にミズちゃん平気なの? 」

「171センチ55.5キロで上から92.65.91だが」



 スタイルが本当に神がかってる一ノ瀬さんを全員で無視して、体重計の前で空は立ち止まった


「ん、早く乗って」

「待ってよエイル。準備ってあるから、最初目をつむって乗るから」

「ん『良いよ』言ったら、くぅも目開けて」



 空は少しでも体重を減らしたいのか、思いっきり息を吐いてから、体重計に乗っていた

 後ろ姿しか見えないけど息を吐き過ぎて、前屈みになってるし背中は少し苦しそうに見えた


 どんだけ息を吐いたのよ

 って、エイルちゃんが後ろから、そっと片足だけ体重計に乗せてるんだけど


「また風間はくだらない事を」


 完全に一ノ瀬さんは呆れてタブレットに視線を移していた


「ん、良いよ」





 あれ? 長い沈黙が続くけど空はまだ目開けてないのかな?? 


「いやあぁぁぁぁぁぁ」


 ホラー映画もビックリな悲鳴が上がる


「星宮! 大きい声を突然出すな! 」

「だ だだだだだって、え? ちょっと待って、アタシの負担重量おかしいって、とてつもなくハンディキャップついてるよ! 」


 負担重量のハンディキャップとは、競馬の一部レースでは『ハンデ戦』が行われ、実績のある強い馬は重い負担重量を背負わされ、実績の少ない弱いと見られてる馬は負担重量が軽くなる。ってやつね


「星宮が強くなったから負担重量が重くなったんだろ。良かったな強いと思われてて」

「いや、アタシ馬じゃない。おかしいって壊れてるよ。絶対に壊れてるって、ねぇ壊れてるよね? 」


 両手で体重計の目盛りを掴んでは前後に動かす空


 後ろから見たら丸見えだけど、実際にエイルちゃん。って負担重量乗ってるからね

 空のうしろに両足でもう乗っちゃってるからねエイルちゃん



「ん、本当に体重計壊れる」

「いやあぁぁぁぁぁぁ……ってエイル! 」

「ん、耳痛い」

 


 振り向きざまに空の叫び声を間近で浴びた、エイルちゃんはしゃがみながら両耳を抑えている


 ちょこんと、さらに小さくなっちゃって後ろからでも可愛いなぁエイルちゃん


「あれ? ってか、エイルって体重何キロ?? 」

「ん、3」

「良い! やっぱ言わなくて良い!! 」

「さんじゅうぅぅぅろくうぅぅぅ!! 」


 お返しとばかりに今までにないほど声を張り上げるエイルちゃん


「さん……さんじゅう、36」 


 エイルちゃんの体重を呟きながら、空は目盛りを見て何かを計算してるように見えた


「えっと……ひく36は…………」



 また沈黙が続く




「いやあああぁぁぁぁぁぁ」

「星宮うっさい!!」



 2人が乗ってる体重計の合計から36を引いたのね。

 で、本当の体重を知ってしまった。ってところかな

 別に空の体重がいくら増えようと嫌いにならないのに



「何か凄い悲鳴聞こえてきたけど、何してんの? あなた達」


 ドアが開いたかと思えば上村先生が入って来た



「星宮のハンデが重くなったんですよ」


 体重計に乗ってるエイルちゃんと空に目を向ける上村先生


「ずいぶん変わった斤量の測り方してるわね」


 何も教えずとも『斤量』と言う当たり競馬狂だ

 とりあえず用事を聞かなきゃ



「上村先生は何か用事あって来られたんですか? 」

「そうそう。暇人のあなた達に頼まれて欲しい事があってね」

「ん、暇人じゃない」

「体重計に2人で乗ってるのは、暇人って決まってるのよ」


 何も言い返せなくなったエイルちゃんと空は体重計から降りて

 こっちに向かってきた


「で、上村先生、頼み事とは? 」

「再来週の土日は文化祭あるでしょ」

「私は暇じゃ」

「一ノ瀬さん。タブレットで思いっきり『暇 やる事』で検索してたわよね? 」

「み 見えました? 」

「見えたわよ。検索結果が『読書』『映画鑑賞』『ご褒美ティータイム』ってところまで」


 エイルちゃんがピシッと手を上げた


「ん、ご褒美ティータイムやる」


 やったばかりだよエイルちゃん!!

 やった結果、一ノ瀬さんは『暇 やる事』で検索してたんだよ


「ケーキ食べた残骸があるみたいだけど、また食べたら太るわよ」

「いやあぁぁぁぁぁぁ」

「だから星宮うっさい! 」

「もう。先生は暇じゃないんだから用件言うわよ」



 上村先生は全員を見渡してから口を開いた


「文化祭に、あなた達も何か出してちょうだい」

「アタシが出せるのは、愛嬌と笑顔くらいですよ」

「そ それも大事だし、星宮さんのなら需要もあるでしょうけど、違ったのでお願い」


 上村先生以外の4人で顔を見合わせてみたものの

 何も出てこない


「ここって表向きは『イマドキ同好会』何でしょ? 適当にイマドキの物を紹介したりで良いわよ」

「なんでアタシ達がやるんですか? 」

「催し物とか出店する部活動や有志メンバーが今年は少なかったのよ」

「それでアタシ達ですか? 」

「そうよ。火山さんも参加出来るでしょ」

「2次試験は来週で文化祭が再来週ですから1週間くらいは」

「じゃ。5人で何か出してね。頼んだわよ」



 部屋を後にした上村先生に続き、どさくさ紛れに帰ろうとするエイルちゃん



「エイル! バレバレだから戻っておいで」


 そのまま謎にムーンウォークで戻ってくるエイルちゃん

 

 表向きは『イマドキ同好会』だけど何をしようか話し合う4人なのでした

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