第13競争 写真判定と3連単

 目の前で行われている『福島牝馬ふくしまひんばステークス』は芝1800mのG3で、来月に行われる牝馬のマイラー女王決定戦G1『ヴィクトリアマイル』の前哨戦らしい


『ちょっと、そこ退きなさいよ』とか『アタシの前を走らないでもらえます、邪魔だから』みたいな、女の熱い華麗な戦いが始まっているのね


 わたしたち5人が買った馬の番号は1.2.6.12.14番だから、この5頭のうち3頭が3着までに入れば良いって事でしょ


 はぁ 名前が可愛いから『ホワイトシュシュ』って6番の白っぽい馬にしちゃったけど、13番人気でブービー人気かぁ

 マークシートにチェックしてもらう時も上村先生に鼻で笑われた気もしたし無駄金みたいになっちゃうのかな


「『カザマエタンテル』も良い位置にいるけど、内枠だったから包まれそうだな」


 普段はクールな一ノいちのせさんも力が入ってるのか、少し声が上擦っている 

 エイルちゃんのお祖父様の持ち馬『カザマエタンテル』は火山ひやまさんが選び馬番1番で6番人気 


 前から4頭目を走っているのが『カザマエタンテル』だけど頑張ってエタンテルちゃん。

 一回り大きい馬たちに囲まれて一生懸命走ってる小さい馬が、どうしてもエイルちゃんに重なって見えてしまう。


 あぁ、そんなに囲んで密着して走らなくても……エイルちゃん潰されちゃうよぉ


 心配して見ちゃってるけどレースも直線に入ると


『最内からスルスルとカザマエタンテル抜け出した』


 エイルちゃん! 内ラチ?って言うの?? 内にある柵みたいなのに沿って上がってくる

 頑張れエイルちゃん!!


『連れて12番エンジェルビートも外から捕まえに来る』 


「よっしゃあぁ! 石田差せ! 差せ石田!!! 」


 なになに? 上村先生怖いのですが わたしたち全員が上村先生を見ちゃったじゃん

 4人でヤバいね。目配せしながら再度上村先生を見る


『エンジェルビートが前に出る! カザマエタンテルは苦しいか、エンジェルビート突き放しにかかる』


「っしやあぁぁぁ! 石田そのまま!! そのままだ石田!! 関西から来て交されんじゃねぇぞ! 」


 握り拳をブンブンと振り下ろす上村先生。

 こんな姿、生徒や保護者には見せらない


 上村先生をどうして良いか分からず固まってると、火山さんに肩をチョンとされ耳打ちされる

(石田騎手は関西所属で、わざわざ関西から福島に来てんだから、ちったぁ仕事して帰れ。って意味だね)


 そんな意味が含まれてるなんて……ってよりも他の馬主さんは凄い苦笑いでこっち見てらっしゃる


「皆。他人のフリしよう」

「今さら無理だろ」


 星宮ほしみやさんの提案も一ノ瀬さんに却下される


「少しずつ、ひなちゃん先生から離れよう」


 火山さんの提案により、わたしたち4人は少しずつ少しずつ上村先生から離れる事にした


『残り100。盛り返してくるカザマエタンテル。抜かせないエンジェルビート! このまま体制決したか、先頭はエンジェルビート、2番手にカザマエタンテル、その後は接戦……』


「良し良し良し!! 単勝ゲットオォ!!

 やれば出来んじゃねぇか石田!! 1レースからやっとけよ! ったくよぉ」

 

 丸めた競馬新聞を机に叩きつけている上村先生

 マナーとかモラルって言葉を先生に誰か教えて上げて欲しい。ってか、3連単以外にも単勝で買ってたのね。


 そのまま順番は変わらずゴール板を過ぎていくけど、わたしの脳内では息を切らしながらエイルちゃんが2着でゴールしていた。


 凄いよエイルちゃん2着だよ2着!

 あんなに小さい体で、頑張ったね

 はぁ 可愛すぎて辛い。ゆっくり休んでね  


「ボクが選んだ『カザマエタンテル』頑張ったね 初重賞で2着は立派だよ」


 最初に火山さんが言わなかったから私が『カザマエタンテル』言ってたのに


「あ〜あ。アタシの選んだ2番は全然だったなぁ7着くらいかな。ミズちゃんの14番の馬は」

「……ゃく」

「え? 聞こえないけど」

「だから……位だった」


 俯き加減で声ちっさ。さっきまで堂々と馬券の説明してくれてたのに

 何か嫌な予感がすると思って火山さんに目をやると


「えっと〜。ミズキの選んだ14番は14着かぁ……えぇ14着! 最下位!! 」


 分かりやすい程に分かりやすい演技をしてくる火山さん


「あれれ? 最下位を当てる馬券ってあったっけ? ボク詳しくないから知らないけどミズキは知ってるよね? 」

「……ない」

「え? 声小さいよ。さっき教えてくれた馬券の種類にあったっけ?」 


 ホント良い性格してるわ火山さん。これでイケメンだから、タチが悪いわね。イケメンドS何て定番中の定番じゃない

 でも一ノ瀬さん以外には、こんなドSぶり出してないのにね


 案の定、打たれ弱い一ノ瀬さんは今にも泣き出しそうな顔で黙りこくってしまった


「おーい。あなた達離れ過ぎじゃない?? 」


 冷静になってきたのか上村先生が丸めた新聞を振っているのが目に入った

 上村先生の元に全員で戻り掲示板を見る


 1着 12番

 2着 1番 アタマ 

 3着    2

 4着     写

 5着     写


 2着までは写ってたけど、3着4着5着の間には『写』の文字が映っていた。横に映ってるアタマとか2って何だろ?



「アタマ差に2馬身離れて、3頭での写真判定か。3着以下は接戦だったもんね」


 写真判定はどの馬が先着したのか分からない時にやるやつよね? 

 あれ? 3着以下で接戦だったので何番の馬だっけ?? 最後はエイルちゃんしか見てなかった


「ど どどうしましょう」

「何かあったの、ひなちゃん先生? 」

「ターフビジョン見て」


 ターフビジョンって掲示板の事だよね。掲示板の隣には大きいビジョンがありレースのゴールシーンが流れていた


 エンジェルビートが1着でカザマエタンテルが2着でしょ

 で、10番と7番ともう1頭かぶってて番号見えないけど何番だろ?


「3着争いしてるのって『ホワイトシュシュ』じゃんか」


 私の袖を引っぱり声を上げる火山さん  


「ホントだ、かぶってて馬番は見えないけど勝負服と馬の毛色で分かるじゃん」 


 星宮さんなら分かるかもだけど、初心者のわたしには分からないよ。おなじ様な毛色も他にいたし


「これ、3連単あるんじゃないか?」

「だよね。14着最下位のミズキ」 

「ニコちゃんストップ。今は大外しした、ミズちゃんを煽ってる場合じゃないから」


 あぁ一ノ瀬さんの影がどんどん濃くなっていってるよ

 闇と同化しちゃうよ闇落ちしちゃうよ


「これ当たったら配当凄いのよ! 」


 握り締めていた馬券を上村先生がテーブルに置いた瞬間

 下のスタンド席から一際大きな歓声が上がった 

 なに? 何が起こったの?? ホワイトシュシュはどうなったんだろ レース終わった後なのに凄いドキドキする 手汗がヤバい


「え? 嘘!? 」


 上村先生につられて全員で掲示板を見ると


 3着 6番 2

 4着 10番 ハナ 

 5着 7番 ハナ


 私には2とかハナとかは良く解らなかったけど、選んだ6番『ホワイトシュシュ』が3着に来たことは分かった


『3着にホワイトシュシュで確定の赤ランプ。今年も荒れた福島牝馬ステークス! 』


 実況者の声が聞こえると今度はスタンド席からは、どよめきが聞こえてきた


「ヤバっ! 3連単の払戻金のとこ」



 福島11R 福島牝馬ステークス 

 払戻金


 3連単 652,560


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……ろ!ろくじゅう? 65万?? 」  

「6000円で買った馬券が65万になって返ってきたわ」

「落ち着いて、ひなちゃん先生。まずは盗まれない様にボクに預けて」

「火山さんの方が心配よ。先生、今から換金してくるわ」


 辺りをキョロキョロしながら上村先生は換金しに行くと、入れ替わりでエイルちゃんが戻ってきた


「『カザマエタンテル』頑張った。惜しかったけど一生懸命良い子」  


 ちょっと涙目に涙声のエイルちゃん。

 エイルちゃんも良い子だよぉぉ 


「凄いよ初重賞挑戦で2着だよ! G1ヴィクトリアマイル出れちゃうんじゃない」

「ん、疲れが溜まってなかったら調教師せんせいは挑戦したい。言ってた、後はお祖父様しだい」

「あっ。ひなちゃん先生戻ってきたよ」



 上村先生はエイルちゃんを見るなり

「惜しかったわね。『カザマエタンテル』もう少しだったのに! 『エンジェルビート』が邪魔だったのよ」


 嘘でしょ!? さっきまでエンジェルビート応援してたくせに

 上村先生って普段はどれだけ猫被ってるんだろ

 全員が同じ思いだったのか呆れ顔だし


「はい。換金して来たわよ65万円。帰りは美味しい物食べて帰りましょう」

「65万? 当たった? カザマエタンテル2着」

「エイル。上村先生はエンジェルビートを買って応援してたのよ」


 素知らぬ顔する上村先生に対して、頬を膨らますエイルちゃん


「前に上村先生は石田騎手の事を悪く言ってたじゃないですか? なんでエンジェルビートにしたのですか? 」


 ようやく立ち直った一ノ瀬さん


「石田って顔はイケメンだし、何回人気を裏切られても、何だかんだ買ってしまうのよね。先生が買って上げないと騎手が『石田』ってだけで人気下がるし」

「ひなちゃん先生。彼氏がいつの間にかヒモになってた。ってことある? 」

「何で分かるのよ。火山さんに今まで恋愛系話した事あったっけ? 」


「誰でも分かるよ」


 ボソッと火山さんが呟いたのをわたしは聞き逃さかなかったけど、先生はオカンムリになってるエイルちゃんを気にしてた


「か、風間さん。ほら『カザマエタンテル』は3着までには来るだろうから安心してたのよ」

「噓はドロボウ」


 始まり抜かして先生をドロボウ扱いしちゃってるってエイルちゃん!


「風間さん。お菓子好きだったわよね、帰りにケーキも食べて行きましょ」

「ドロボウは犯罪」

「か、風間さん?? こうしましょ。風間さんのお願いを1コだけ何でも聞いて上げる」

「何でも? 」


 何回も頷く上村先生


「夏に北海道」

「え? 風間さん何て? 」

「みんなで夏に『アイラブエイル』に会いに行く」


 アイラブエイル?? もちろんアイラブエイルだけどアイラブエイル??


「行きたい! 『アイラブエイル』会いたいよ! G1で2着に来たこともあるし重賞5勝した1流馬だもん」

「確か今は初仔がお腹にいるんじゃなかったか? 」

「ん、『シークワイエット』の子ども」

「シークワイエットとアイラブエイルの血統か超良血だな」


 話によるとエイルちゃんがフランスに行くときに、エイルちゃんのお祖父様が寂しさのあまり、期待してる持ち馬に『アイラブエイル』と名付けたらしい

 その『アイラブエイル』は大活躍して、今は北海道の牧場で子どもをお腹に宿しながら、のんびりと生活してるみたい


「分かったわよ。今日の65万は皆で稼いだお金よ。このお金で夏休みに北海道に行きましょ」 

「ホントに上村先生? やった!」

「星宮、落ち着け。お金を出したのは先生ですから先生の自由に使った方が」

「まぁ。先生だけじゃ2着も……2着は『カザマエタンテル』って決めてたけど、さすがに人気薄の3着は当てられないわ」


 絶対に2着も違う馬にしてた言い方だったし、わたしが選んだ3着ってのも、名前で選んだだけの馬なんですが、そんなんで当たった。と、言えるのかな


「どっちにしても14着を当てたミズキには関係ないけどね」


 ケラケラ笑う一ノ瀬さん専用ドS発言機


「先生も夏休みは函館で競馬楽しんで、お酒飲みながら温泉にでも入って競馬について語ってみたいし」


 あれ? どっかで聞いたようなセリフなんだけど


「めちゃくちゃ分かります! あぁ。アタシも早く大人になりないなぁ」


 意気投合しだす星宮さんと上村先生。前に星宮さんも同じ事言ってた!


「ん、みんなで北海道楽しみ」 


 珍しく微笑むエイルちゃん!!

 天使の微笑みキタ

 よほど愛馬が活躍したのが嬉しかったのか『アイラブエイル』に会えるのが嬉しいのか


 わたしも今から北海道楽しみだよ!

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