第10競争 駆け引き
その日の競馬愛好会では1人のそれは可愛い可愛い
「困った。じつに困った、困ったよー」
さっきからエイルちゃんは呪文の様に繰り返してるけれど何が困ったのかは誰も聞かない
「ほんに困った。とんと困ったぜよ」
エセ方言を使い出したエイルちゃんに何があったのか聞きたかったけれど、3人に「いつもと同じ下らない事だろうから聞かないで」と釘を刺されている
今までに何回も何回もエイルちゃんのお願いに付き合わされて、懲りてるらしい3人はエイルちゃんに見向きもしない
こんな可愛い子が困ってるのに助けられないなんて……ごめんねエイルちゃん。わたしも数の力には負けてしまうわ
「っけよ〜い、困った。困った困った」
謎に相撲の行事さんのような『困った』を繰り返すエイルちゃん。
ホントにエイルちゃん困ってるのか、もう分からないよ。
でも友だちが困ってるのに聞かないなんておかしいよね
「エイルちゃん! 何が困ってるのか良かったらわたしに話してよ」
言った瞬間3人から呆れと非難めいた視線を浴びせらてるけど、そんなの気にするもんか
「あ〜あ 聞いちゃったよ。ひらっち、ボクたちと違って優しいからなぁ」
「だ だって、こんなにエイルちゃん困ってるのに」
「どうせ、また『浴槽一杯のプリン作って』とか下らない事でしょ。エイルさっさと言ってみな」
肩を竦めてはエイルちゃんに問いかける
「ん、土曜日に行く福島競馬場の馬主席のこと」
「そ、そんな大事な事を何で早く言わないのよ!! 」
ダッシュでエイルちゃんの前に向かうと、膝立ちでガシッと肩を掴む星宮さんの目が怖い
さっきまで聞かなくて良いよ。言ってたのに
「お祖父様と前泊するけど、お祖父様は土曜日に外せない仕事が出来た」
「じゃ。じゃあ馬主席は行けないの?」
星宮さんの前髪がフサァっと動いた
「条件付きで行ける。6席分用意はしてくれた」
「びっ びくりしたぁ せ 正拳突き……? 条件付きか。くだらない事は良いから条件ってなによ?? 」
「ん。大人1人付き添いいれば良い」
「って言っても今日、木曜日だよ。アタシの両親は仕事だし、そんなすぐには……」
星宮さんウルウルした目でわたしを見て来るけど
「ご ごめん。わたしも無理かなぁ」
土曜日に家に両親はいるだろうけど『競馬愛好会』の事なんて話してないし、そっからまず話すのが面倒なんだよね。ごめん星宮さん
「ニ ニコちゃん」
ターゲットを変える星宮さんに火山さんは溜め息を吐いた
「土曜日パパママは弟と遊園地行くってさ」
「うぅ。それはそっち最優先。ミズちゃあぁぁぁん」
膝立ちのままソファまで向かい一ノ瀬さんの膝に顔をうずめる星宮さん
「無理。両親には競馬の事を言ってないから」
わたしと一緒だ
なかなか言えないよね学校で競馬愛好会やってるなんて
「じゃあ。馬主席行けないじゃんかあぁぁぁ」
「そらっち。別にスタンド観戦でも良いじゃん。ボクは畑騎手観られれば良いし」
「やだやだやだ。馬主席だよ! 行く度に外スタンドから見上げてたガラス側の向こうの! 」
星宮さんって何回も福島競馬場に行った事あるのかな
ガラス側の向こうってどんな世界なんだろ?
馬主席ってくらいだから豪華なのかな?
「失敗するかもしれないが1人心当たりがないわけじゃない」
「ミズちゃんなら失敗しないよぉ。競馬予想以外は失敗しないよおぉぉぉ」
「うるさい。予想なんて的中率30%あれば上々だぞ、毎回当たるか」
顎に手をやってた一ノ瀬さんは膝に
「ミズちゃん。1人って誰? 」
「……上村先生。ニコ、上村先生の連絡先知ってたよね」
「知ってるけど、ミズキ。本気で言ってるの? 」
目を丸くする火山さんは机に置いてあったスマホを手にした
「先生を巻き込むのは良くないんじゃない」
「巻き込むのではなく、先生自ら巻き込まれるなら良いだろ。上村先生を電話でここまで来て貰える様に伝えて欲しい」
火山さんは『大丈夫かなぁ』と呟きながらスマホを操作し始め耳にスマホを当てる
「何か面倒臭がってたけど、来てくれるってさ」
「先生も仕事あるのに、これで失敗したら申し訳無さすぎるよ。ミズちゃん」
「わーわー騒いでたのは星宮だろ。私は予想が出来れば何処でも良かった」
「それはそうだけど……まさか上村先生が出て来るなんて思わなかったし」
コンコンとドアがノックする音が聞こえドアが開いた
「火山さん。こんなとこに呼び出してどうしたのよ」
火山さんしかいないと思ってた上村先生は、驚きの声を上げるとともに教室を見回した
「な なにここ? あれ?? あなた達って『イマドキ同好会』ってのをやってたんじゃなかった? 」
なにそれ? わたしもそんなの知らない
「ひなちゃん先生。それは表向きだよ。この空き教室が欲しかったからさ」
「はぁ〜 何よここ。サラブレッドのポスターやヌイグルミにテレビ……なんで冷蔵庫置いてあるのよ」
「いやぁ。少しずつ快適にしてったら、いつの間にかこんなになっちゃった」
「『なっちゃった』って。で、呼び出したのは何なの」
コホンと咳払いしてから一ノ瀬さんは話し始めた
「ある人に。先生は競馬が好きかとうか
「何言ってるの一ノ瀬さん。意味が分からないし、競馬なんて知らないわよ」
謎に緊張するのですが上村先生怒らせてない? 大丈夫?一ノ瀬さん
皆も固唾を飲んで見守ってるみたいだけどエイルちゃんだけ飽きたのか、定位置のソファで眠りにつこうとしていた
「エイルちゃん。空気読んで、今は寝る所じゃないから」
「フランス流」
一言だけ発してブランケットにくるまってしまった
元々はエイルちゃんから始まった事なのに自由人すぎる
フランスにいたから。とか関係ないよね絶対
飽きて眠たくなっただけだよね
「上村先生。この前の皐月賞はどうでした? メイオウカイザーは流石に予想出来ませんよね」
「な なによそれ。全然知らないわ」
「クラシックだと何が好きですか? 」
「べ 別に好きじゃないし詳しくもないわ」
もしかして音楽のクラシックと競馬レースのクラシックでカマかけしようとしてたの?
一ノ瀬さんにしてはずいぶんと浅はかな気もするけど
一ノ瀬さんは矢継ぎ早の質問から少し溜めを作った
「……福島牝馬ステークス。畑騎手の乗り替わりが、さきほど発表されましたね」
「「なんで!? 」」
えぇ 先生と同時に火山さんまでビックリしてるじゃない
「ミズキ、乗り替わりってなんで? 畑騎手のフォーム生で観られると思ったのに」
「今はニコの事じゃないから黙ってて」
一ノ瀬さんは軽く火山さんをあしらってからタブレットを上村先生に差し出す
「畑騎手。持病の腰痛悪化の為、土日全騎乗の乗り替わりが決定。福島牝馬ステークス『エンジェルビート』は石田騎手へ乗り替わり……石田? 」
タブレットに書いてある記事を読むと『はぁ〜!?』っと普段からは想像出来ない大きい声を出す上村先生
「乗り替わりが石田だぁ? アイツ前の日曜も1番人気で飛ばしてるし、人気より上に着順持ってこねーし。いつになったら私の掛けてた貯金は回収させてくれんだよ!! それに福島得意じゃないだろが、重賞もここ数年勝ってないしド下手が…………」
「せ 先生。競馬知ってますよね? 」
「……てへっ。知らない」
自分の頭をコツンと小突いてから、首を傾げる上村先生
何なの? 凄い剣幕で罵ってたけど、わたしの知ってる上村先生??
皆もポカーンとしちゃってるよ
時計の針の音だけがチクタクしちゃってるよ
自分を奮い立たせる様に握りこぶしを作り、気を取り直した一ノ瀬さん
「先生。ある人に競馬好きだった。って伝えますね」
「誰よそれは。何が目的か知らないけど、本当はそんな人いないでしょ」
「……私は、あの事を知ってますよ」
いつもより声を低めにして企み顔になってる一ノ瀬さん
悪だ。この人ワルだよ。本当は何も知らないだろうに。学力テストで常に学年1位の一ノ瀬さんに言われたら色々と勘繰っちゃうよね
さらに一ノ瀬さんは言葉に力を込める
「綺麗で優しい生徒からも保護者からも人気ある先生のイメージと、今のギャンブル好きな先生のイメージ。どっちのままが良いですか? 」
「どっちが良いですか? って前者に決まってるじゃない。それにギャンブル好きじゃないわ。競馬が好きなのよ。それに私が競馬好きって証拠は他の生徒や保護者には分からないわ」
『乗り替わりが石田だぁ? アイツ……』
スマホ向ける火山さん。さっきの上村先生の罵詈雑言がスマホから流れ出した
「まさか録音してたの? 」
「ひなちゃん先生。ごめんね」
スマホを両手に挟み謝る火山さん。
一瞬だけ眉根を寄せると上村先生はいつもの顔に戻った
「えぇ。そうよ競馬好きよ、3度の飯より大好きよ。有料チャンネル入って土日は朝から晩まで競馬見てるわ」
「そんな競馬好きな、ひなちゃん先生にもピッタリの簡単なお仕事をご用意してます」
「引き受けて下さったら。録音は消しますし絶対にここにいる皆は他の人に言い触らしません」
一ノ瀬さんの言葉に皆が頷くと、上村先生は『はぁ』っと1年分は溜めてたんじゃないか。ってくらいに深い溜息を吐いた
「分かったわよ。で、お願いって何よ」
「土曜日に一緒に福島競馬場に行って欲しいです」
いち早く星宮さんは言うと深々と頭を下げた
把握出来てない上村先生に一通り説明し終わると
「じゃあ。風間さんのお祖父様の代わりに先生が付き添えば良いだけね」
「はい。彼氏さんとのデートとかあったらすみません。でもアタシ馬主席に入ってみたくて」
「星宮さん。先生に彼氏なんかいないわよ」
「でも、前に喧嘩してませんでした? 」
え? 皐月賞を観た帰りに上村先生と会ってスマホ見ながら険しい顔になったり、車の中でハンドル叩いてたり、相当な修羅場だったんじゃ
「あれは競馬の予想外れて険しくなってたんですよね? 」
「そうよ! でも、何で一ノ瀬さん分かっちゃったの?」
「悪気はなかったのですが、偶然スマホ画面が見えて、1日分の購入金額と払い戻し金額が見えてしまったんですよ」
いつの間にか隣に来ていた星宮さんが耳打ちしてくれた
(今は馬券もネットで買えるから上村先生はスマホで当たってるか確認してたみたい)
「悪気なかったんじゃ仕方ないわね」
いつもの優しい上村先生の顔だ。と、思ったのもつかの間
「でもメイオウカイザーが逃げるなんて思わないじゃない!? あんなの予想出来る訳ないわ。テネブラエは絶対に頭だと思ってたからテネブラエからブリジャールへの1点買いだったのよ!! オッズ2倍しか付かないけど銀行馬券だ。やっほー。って、結構な額をブチ込んで浮かれてた先生がバカみたいじゃない」
「お察しします。あれは度外視しましょう、もうメイオウカイザーは逃げてもマークされます」
「分かってるわね。一ノ瀬さん」
一ノ瀬さんと先生は通じ合ったのか互いの両手を握り合っている
何か予想に外れた人同士が慰めあってる図だね
ってことは、わたしと星宮さんは馬券に外れてイラついてた先生を見てただけなのね
「あなたたち。土曜日は朝7時に学校に集合よ! 」
「ひなちゃん先生! 速すぎだよ!! 」
火山さんが抗議の声を上げるもキッと上村先生に睨み返される
「車出すのは私よ。福島競馬場まで東北自動車道で70分はかかるわ。混んでる場合もあるし」
「それはそうだけど、さすがに着くの9時前じゃん」
「何言ってるの? 当たり前でしょ。第1レースは9時30から始まるのよ」
凄い当たり前感で言われてるから、私たちが間違ってるんだ。って思えてしまう
「馬主席って事は中だから、折りたたみ椅子もモバイルバッテリーもいらないのね! 素晴らしいわ。あれ、荷物になって邪魔なのよね。日焼け止めもサングラスも持ってくだけでいいわね。風時計と双眼鏡は必要かな。でも、馬は間近で見た方が調子の良し悪し……」
ポンポンと出てくる上村先生に完全に圧倒されるわたしたち
「風時計って競馬上級者しか持っていかないでしょ。上村先生ってガチ勢の中のガチ勢か」
一ノ瀬さんですら呑み込まれてるよ。
これはとんでもない人に頼んでしまってのでは? と私たちはお互いに目配せしたものの
土曜日の福島競馬場が楽しみな、わたしだったのです
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