第9競走 香水と1年前(3)

 1年生の頃から狙ってた? 

 どういうこと?? 

 接点なんて全くないけど 

 思考と感情が追い付かない  

 突然過ぎるよ。ちょっと待って


 ドクンドクンと心が痛い

 息苦しい 脳が酸素を求めてるのに全然入って来ない

 わたしはどうしたらいいの?


 星宮さんは私から視線を外しミルクティーに口を付けると茜色に染まった空を見上げた。

 星宮さんの綺麗な横顔を見つめる事しか出来ない



「絶対にこの人を『競馬愛好会』に入れようってね」


 え!?  そっち? そういう意味の狙ってたってこと??

 無駄にドクンドクンしちゃったじゃない

 何かを期待してた訳じゃないけど正直、拍子抜けだ。でも、心の何処かでホッとしているわたしもいる。

 わたしは星宮さんとどうなりたいんだろ?



「1年生の頃ね。アタシ絶賛反抗期中ってかトゲトゲになってたんだ。エイルもフランスでニコイチとは1年でもクラスは違くってさ」


 去年の事を思ってなのか、これから話し出す事に準備がいるのか、言葉を止めた。

 茜色の空に突き刺さりそうな鋭利なため息をふぅ。っと吐き出すと真っ直ぐにわたしを見つめる

 

「なまじタレント何かやり始めちゃって、中等部で一緒だったクラスメイトも上辺だけになったり、妬み僻みやっかみの3重苦みたいな」


 視線を落とし、困っちゃたよね。と呟いて力なく笑う星宮さん


「変な噂話を流されたりする程度で表立って何かされる。ってのはないからニコイチにも話せなかったし。でも感じた空気は澱んでて暗くてベタベタまとわりついてて、振り払いたいんだけど誰かを傷付けそうで、それが嫌でね。昼休みになると1人になりたくて、よく本校舎の屋上にいたんだ」



 何か分かる気がする。

 わたしはある意味1人を望んで昼休みに屋上にいたけど、感じてた空気は似ている

 編入組で出来上がってる和に入る程のポジティブさもない。

 クラスで何かを決めなきゃならない時は、形式上の意見を求められ多数の意見に賛同して、その場をやり過ごすだけ


 わたしが作った壁を叩いて来ようとした人もいたけど、結局は途中で諦めた。それで良かったのに星宮さんは壁を強引に壊して、花園に連れて来てくれた

 それが今では少しずつだけど心地良く感じて来てる


平地ひらちさんも良く屋上にいたでしょ? 」


 頷くわたしを見るとミルクティーを差し出して来た


「このミルクティー甘すぎ。いやじゃなかったら交換しよ」

「最初に言ってくれれば。そっち飲んだのに」

「ここまで甘いとは思わなかったの」


 交換して口にしたミルクティーは確かに甘かった

 甘かったけど今のわたしにはちょうど良かった

 

「で、屋上の時計台の壁に寄りかかって本読んだりボーッとしてるのが日課だったのに、いつしか平地さんも反対側の壁に居着くしさ」

「わたし反対側に人がいたなんて知らなかったし。いつもスマホで音楽聴いて寝てたから」


 ホントはBLのドラマCDが多かったんだけどね


「だろうね。1人になりたくているのに、誰かがいたら本末転倒だもん」

「なんかごめん……」


 プッと吹き出す星宮さん


「謝らなくて良いって。最初は嫌だったけど、日が経つにつれて反対側に今日もいる。って何か安心しちゃったんだよね。アタシと同じ気持ちの人がいるのかな?って……本当はやっぱり寂しかったのかも」


 そう言うと星宮さんは交換した紅茶を一気に飲み干した 


「うん。何かスッキリするね」

「甘いの飲んだ後だと余計にね」


 何も面白い事なんてないのに、何故か2人クスクスと笑いが込み上げて来て同時に声を出しで笑ってしまった


「平地さんさ。1回屋上に定期入れ忘れた事あったでしょ? 」

「……あったあった! 帰り際に担任から渡されたけど」

「あれ、私が拾ったんだよ。その時に『ナツクララ』のプロマイドが見えたのと『平地 彗』って子なんだ。って初めて分かったの。平地へいちだと思ってたけど」


 そっか。1年生の頃にはわたしが競馬好きかも。って思っちゃったんだ


「直接渡してくれれば良かったのに。あの時はありがとうございました」

「どういたしまして。う〜ん、何か恥ずかしかったんだよね」

「なんで? 」

「なんでも」


 ここで飛びっきり美少女スマイルはズルいよ

 逆に恥ずかしくなって追撃出来ない


「アタシはアタシでひねくれてるからさ。自分からは行けないけど、平地さんに知ってもらいたくて、わざとお昼ゴハン入れてたビニール袋をバサバサしたり、大げさに欠伸してみたり。全然平地さん気付いてくれなかったけど」

「なんかゴメン……」


 星宮さんがひねくれてる。なんて思ったこともないのに1年前では違ったのかな。

 それにBLのドラマCDに夢中だったんだろうな、その時のわたしは


「謝られるとアタシが悪いみたいじゃん。あれ?悪いのかな?? まぁ、いいや。で、そんなアタシにいつしか気付いたのか、ニコイチがアタシの好きな『競馬愛好会』作ろって言ってくれたんだ」


「一ノ瀬さんも火山さんも素敵だね」


「でしょ。ニコちゃんは乗馬クラブでバイトする位に、競馬ってか騎手が好きだったみたいだけど、ミズちゃんは競馬にハマってまだ1年だからね。平地さんとそんなに変わらないよ」


「そうなんだ、乗馬クラブ凄いね。一ノ瀬さんもあんなに知識あるしタブレットにデータ集めしてるから、昔からだと思ってた」


「ミズちゃん凝り性だからね。頭良いし、競馬もだろうけど自分の立てた理論で予想して当たるのが凄い嬉しいみたい」


 凄い嬉しそうな星宮さんにつられて、わたしまでホッコリしてしまった。


「だから。それまでにもアタシなり平地さんに近付こうとしてたんだけど、2年になって平地さんと同じクラスになった時、これはもう行くしかない。って思って勢いで拉致しちゃった」

「拉致までは行ってないから大丈夫」


「本当は迷惑とかしてない? 」

「全然してないよ。テネブラエ凄かったし、競馬って面白いなぁ。ってホントに思ったよ」


 わたしの言葉を聞くなり星宮さんはホッとしたのか手を胸に当てていた


「良かったぁ。今日だけじゃなく、これから伝統の長距離戦『天皇賞春』に、3歳最強マイラー決定戦『NHKマイルカップ』3歳牝馬の頂点『オークス』でしょ。そして何と言っても競馬の祭典『日本ダービー』などなど、盛り沢山に控えてますから。もう、今から楽しみ過ぎて生きてるって素晴らしい! 」


 途中から早口になってるけどBLを語る時の舞みたい

 本当に競馬が好きなんだな星宮さん


 パッとベンチの後ろの街灯に灯りがついた  


「もう、18時じゃん。平地さん帰ろっか」


 街灯に照らされた星宮さんはスポットライトを浴びた女優さんより綺麗で華やいで見えた


 星宮さんをより知れて嬉しい。まだ1週間しか立ってないのに、どんどん星宮さんは私の中で存在が大きくなっていく。


 芽生えつつある感情に名前も答えも今はいらない

 星宮さんと一ノ瀬さん、火山さんにエイルちゃん

『競馬愛好会』で過ごす時間がなにより好きになったから



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