第8競争 香水と1年前(2)

 星宮ほしみやさんと並んで歩いるてるだけなのにソワソワと勝手に心がざわついてくる

 何でこんなに意識してるんだろ? 

 わたしだけなのかな? 星宮さんが何を考えてるのか気になる


「あ~あ 馬と話せたらなぁ」 


 感情が良くこもってるけど、それは想像の斜め上だよ


「あれ? ね。あの車に乗ってるの上村先生じゃん。まだいたんだ」


 職員用の駐車場に目をやると軽自動車の運転席で上村先生はスマホを見ているようだった


「うわ。まだ、スマホ見てるよ。余程の修羅場になっちゃったのかな」


 少し見ていると突然、上村先生はハンドルを両手でバンバンと叩き出した


 え? そんなレベルで本当に別れ話してるの


「ヤバっ。大丈夫かな? それとなく明日上村先生を元気付けて。ってニコちゃんにRINE 送っとこう」

「先生って職業も大変なんだね。あんなに綺麗で優しくて素敵なのに」


 先生かぁ。わたしは将来何になりたいんだろ?

 特にやりたい事もないし、多分エスカレーター式に大学に行くんだろうな

 じゃあ、その後は? その後は……何も思い付かない

 星宮さんは芸能活動続けながら大学? それとも学生だけかな? 芸能活動一本って選択もありそうだけど


「平地さん。今の時間ならバスすぐ来るからバスで行こ」


 10分ほどでバスは仙台駅前に着いた。

 流石は街中だけあって同年代の子たちが全員お洒落に見える


 PARTOに向かう途中途中で同年代の子たちがチラチラと星宮さんを憧れの眼差しで見てるのが分かる


 時たま手を振られたりすると嫌な顔せずにちゃんと手を振って返す星宮さん



「星宮さん。スターだね」

「今日びスターって。星宮だから間違ってはないけど」


 ほんの少し距離を取って歩こうとわざと速度を遅めてみる

 星宮さんも速度を遅くする


「同年代の子たちには少し知られてるかもだけど、年配の方とかはサッパリでしょ。ただのローカルタレントだもん」


 PARTO2の入口では部活帰りなのかジャージ姿の中学生が5人程集まっては、こっちを見てはしゃいでいる


「十分凄いよ。あそことか星宮さんみてキャーキャーしてる……し」



 げっ 舞じゃん 面倒くさいなぁ


「ホントだ。ああいうのは見てて可愛いよね」


 何で星宮さん離れてくれないのよ   

 遅く歩いてるんだから少し先を行ってくれても良いのに


 星宮さんはすれ違いざまに中学生の集団からも手を振られたので、とびっきりの笑顔で返していたけど

 その中にいた舞だけはキョトン顔でわたしと星宮さん見送っていた

 家に帰ったら色々と聞かれるんだろうな


「中学生って元気良いよね」

「星宮さん見ちゃったからテンション上がったんだよ」 


 PARTOに入っても店員さんに知り合いが多いのか挨拶される星宮さん


「ねぇ。そんなにゆっくり歩いちゃ邪魔になっちゃうよ」

「ごめん。こういうとこあまり来ないから気後れしちゃってて」

「別に普通にしてれば良いじゃん」


 その『普通』が分からないし星宮さんの『普通』と、わたしの『普通』は多分違うものだから


 エスカレーターを昇り2階に着くと、離れた所から店員さんが手を大きく振っているのが見えた


「さすがにあんなにブンブン振られると恥ずかしいんだけど」


 星宮さんは早足になり一直線にお店へと向うので、一瞬だけ悩んでわたしも歩く速度を速めた


 さっきは少し離れた方が良いかなって思ってたのに、今は置いてかないでって気持ちもある

 距離感って難しいな



 店員さんが持っていたお洒落な小袋を受け取る星宮さん


「マキさんありがと」

「おぉ。そのワンピ可愛いじゃん」


 星宮さんを見てから後ろにいるわたしに視線を向けてきた


「へぇ。そらちゃんが、あの3人以外の友だち連れてくるの初めてじゃない? 」 

「仲良くなったばかりだからね。同じ高校の『平地ひらち すい』ちゃん。で、ここの店長の『マキ』さん」


 わたしを紹介してくれてるのは嬉しいけど、本当に後悔だ

 もう少しお洒落して会いたかった


「彗ちゃん。よろしくね」

「よ 宜しくお願いします」

「空ちゃんの友だちは、ホント皆ビジュアルレベルが高いね」

「ビジュアルだけじゃないですから」


 さすがサービス業だ さり気なくヨイショしてくれているよ

 何かすみません


「そうだ。新作のフレグランスも入荷したから試しに嗅いでみる? 」

「試す試す。どんな感じのですか? 」

「ちょっと、今出すから待ってて」

   


 マキさんと星宮さんが話してる間に色々と店内を見回してみた。


 香水屋さんなんて初めて来たけど、飾ってあるボトルやパッケージがどれも可愛くて、置いてあるだけで部屋が華やかになりそうだし、見た目もドラッグストアに売ってるようなのとは違うなぁ

 こういうのが似合う女の子は可愛いんだろうね


「平地さん。これ、どうかな? 」


 ショーケースに入ってる香水を観ていたら後ろから星宮さんに声を掛けられ振り向いた


 この距離だとさすがに分からないか

 星宮さんに近付くも匂いは感じられない

 あれ? 試供品だからもっと近付かないと分からないのかも


 星宮さんの首元に鼻を近付け匂いを確かめる

 ほのかに甘く花の蜜のような匂いが漂ってきた


 ん? いつもと同じ感じだけど……深く吸い込んでみる。


 安らぐし、ホッとする。この匂いわたしやっぱり


「好きだなぁ」

「平地さん? 」 


 思わず声に出てしまってた、めちゃくちゃ恥ずかしいよ


「あっ え。やっぱり、星宮さんのいつもの匂い。好きだなぁって」

「それは嬉しいけど新作のフレグランスはムエットに吹き掛けてるんだけど」


 付箋紙みたいな細長い紙をわたしの目の前でヒラヒラとさせる星宮さん 

 

 その紙からレモンの様な爽やかな香りが鼻孔を擽ってくる

 

は? じゃあ、わたしが良い匂いだと思ってるのは


「学校では香水付けてないしなぁ。あたしのフェロモンにやられちゃった?」


 口角を上げて挑発するように笑う星宮さんだけど

 本当に恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい わたしが良い匂いだと思ってたのは星宮さんの匂いだったんだ

 恥ずかしすぎて顔が火照るのを感じた


「でも、アタシも平地さんの匂い大好きだよ。何か赤ちゃんみたいなミルクっぽい感じ」

 

 そう言って星宮さんはギューっと抱き着いてくる 恥ずかしさの中で感じたのは良い香りと、星宮さんは着痩せするタイプなんだなってことだ


「う〜ん。良い香り、ずっと嗅いでたいもん」

「ん……んんっ」


 変な声出ちゃった

耳の後ろに鼻を当ててくるから、くずくったいし本当は臭くないか気が気じゃないよ


「アタシたちニックスなのかもね? 」

「ニックス??」

「そ。競馬用語で相性の良い血統同士ってこと。ニックス関係で作られた子どもは速い子が産まれやすいって言われてるんだよ」


 さらに強く抱きしめてくる星宮さん


「ちょっとキミたち。店内でイチャつかないでくれます。やるなら自分らの部屋でやってよね」


 呆れ顔のマキさんに「えへへ」と笑い返す星宮さん


「ごめんねマキさん。衝動がおさえられなくて」

「空ちゃん。男子高校生だったら犯罪しそうね」

「えぇ。そんな事ない……と思いますよ」

「そこは『ない』って自信持って。サンプル品も袋に入れて置いたから、気に入ったらお買い上げお願いしま〜す」


 わたしと星宮さんはお礼だけ言って店を出た


 まだ恥ずかしさが抜けないよ。あんな紙に吹き掛けて、匂いを確かめるなんて知らなかったもん

 これじゃ美少女の首すじをクンクンしてただけの変態じゃない


「だんだんと暗くなってきたね」


 外に出ると陽は沈み掛けていた。わたしも恥ずかしさと一緒に沈んで行きたい


「17時か。どうする平地さん? 」

「どうするって? 別に何でも良いけど」

「そっか。平地さん地下鉄だっけ? 」

「うん。星宮さんは?」

「あたしはこっから歩いて10分くらいだから」


 まだ星宮さんと一緒にいたいと思った

 まだ知らない星宮さんを少しでも知りたかった

 今までは他人に興味を持たなかったわたしなのに


「そうなんだ。地下鉄って5分刻みで来るから便利なんだよね」


 それとなく独り言のように呟いてみた

いつでも帰れるから、まだいられるよ。って、遠回し過ぎかなぁ

 

「ちょっと榴ヶ岡つつじがおか公園行ってみる? 葉桜になっちゃってるだろうけど」  


 榴ヶ岡公園なら地下鉄も遠くないからちょうど良いかも

 何処でも星宮さんが行きたいなら良いけどね

 一緒にいると緊張もしちゃうのに、それと同じくらいに心地良いのは何でなんだろ、不思議だ


 公園に着いたものの星宮さんの言うとおり葉桜になっていた

 ベンチに2人で座りそんな葉桜を何気なく見上げていた


 同じ時間に同じ場所で同じものを見ている

 わたしと星宮さんの2人だけで

 これからそんな事が沢山あるんだろうな。って直感だけど強く思った


「1.2週間前なら満開だったのに」


 残念そうに星宮さんは口にする


「でも、その時期は人が多すぎて」

「人混み苦手なんだ。平地さんどっちが良い」


 そんな他愛もなさすぎる会話の中で、星宮さんは自販機から買ったばかりの紅茶とミルクティーを選ばせてくれた「じゃあ。こっちで」紅茶を手に取る。 

 ペットボトルの紅茶の温もりと星宮さんの優しが肌寒くなってきた体と心を温めてくれる


 星宮さんは両手に挟んだミルクティーのボトルを転がす様にしているを止めたかと思うと視線を私に向けた


「本当はさ。平地さんの事、1年生の頃から狙ってたんだよね」


 衝撃の言葉が耳に入って来た瞬間、目の前がピカッとフラッシュして思わず手にしていた紅茶を落としそうになった



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