第7競争 香水と1年前(1)

 わずか2分弱ですっかりわたしはテネブラエの虜になった

 からすを思わせるような漆黒の筋肉質な馬体、カットの調整を間違えば目にかかるだろう、他の馬より長いたてがみ

 でもそれがうれいのある色気を醸し出していた


 人間だったら間違いなくイケメンだよ!!

 ちょっと影のあるパッと見はスタイル良いなぁ。位だけど、髪をかき上げた際に、良く良く顔を見たらめちゃくちゃ美形でハッとしちゃう。みたいな

 そして他人を寄せ付けない癖に実は弱い所もあって


「……さん。……平地さん。凄かったでしょ? テネブラエ」


 またもトリップ仕掛けていたけど、実際にテネブラエが起こした光景に衝撃を受けたまま、まだ言葉に出来ず力強く何回も頷いた


「しかし、風間かざま相馬眼そうまがんも大したもんだな」

「1着じゃなかった」


 相馬眼が分からないけど一ノ瀬さん褒め言葉っぽく使ってるのに少しムスッとした感じのエイルちゃん


「エイルっち14番人気だよ! あれを馬券内に予想するなんて普通出来ないよ。因みにミズキのAI予想はどうだったのさ? 」

「あんな逃げは想定外だ。イレギュラーだイレギュラー」


 からかう様な火山ひやまさんを一瞥する一ノ瀬さん

 普段のクールさがなくなってるような


「って事はダメだったんだ。あんな膨大にデータ集めしてた癖に」

「だ だからイレギュラー。1着と3着は当たったし」

「その2頭は圧倒的1番人気と2番人気だよ。皆、当たってるって、穴人気の馬を当ててこそ価値あるでしょ」

「う うるさい。だって、あんな……」


 ゴニョゴニョしちゃった。

 わたしの知ってる一ノ瀬さんじゃない いつも堂々としてて自信ありげに話してるのに


「ニコちゃん。ミズちゃんをイジメないの。ミズちゃん打つのは強くても打たれ弱いんだから」

「うぅ。うるさいうるさい。お前たち何か嫌いだ」


 えぇ…… タブレットをガシッと抱き締めて俯いてるのは本当に一ノ瀬さん? こんな1面あったなんて知らなかった


「ボクは事実を言っただけだよ。何かボクおかしい事言ったかなミズキ? 」

「いい加減にしなよ。ミズちゃんのライフポイントは0だよ。ニコちゃん」

「分かったよ。ゴメンね、ゼロノ瀬さん」


 さん。だげ語尾上げにしてケラケラ笑う火山さん。絶対にSだこの人。

 さっきはプロテイン床にぶちまけて、床マッチョ床マッチョ。と、慌てふためいていた人だと思えない。しかも一ノ瀬さんに拭いてもらったのに


「もういい。帰る、一人で帰るからニコ付いてこないでよ」

「方向一緒だから無理だよ」


 スクっと一ノ瀬さんは立ち上がり帰ろうとすると

「やりすぎちゃった。でも、イジケ姿も可愛いからなぁ」と、誰に言い訳してるのか分からない台詞を吐きながら後を追う火山さん


 好きな子にちょっかい掛ける小学生みたい


「エイルと平地さんも帰ろ。あっ あの2人はしょっちゅう、あんな感じだから気にしないでね」

「そうなんだ。全然知らなかったからびっくりしちゃった」

「ミズちゃんがニコちゃんをやり込める事もあるし、今みたいにニコちゃんが攻める事もあるけど、すぐに仲直りするから大丈夫だよ」


 まぁ しょっちゅうあんな事してても一緒にいるんだから、そりゃ仲良いでしょうね 


 部屋を出て靴を履き替えるのに本校舎の昇降口に向かってると

 立ち止まり何か話し合ってる一ノ瀬さんと火山さんが見えた


 話してる。って事はもう仲直りしたの? 流石に早すぎじゃない?


「2人とも立ち止まってどうしたの? 」

「あれだ。職員用の入り口廊下にいるのは私とニコのクラス担任、上村先生何だが」


 ホントだ後ろ姿しか見えないけど2組の上村先生だ。現国で習うけど優しい綺麗な先生だよね


「ひなちゃん先生。日曜出勤してたのかなぁ大変だ。因みに本名が上村日奈子だから、ひなちゃん先生ね」

「ニコ位しか呼んでないだろ」

 

呆れたように呟く一ノ瀬さん。さすがに先生を名前では呼べない


「だって。ボク小6の頃に塾行かせられてたじゃん。その時の先生が大学に通ってたひなちゃん先生だったから」

 

そういう事か。エスカレーター式なのに塾に行ってたんだ。昔からの知り合いだから名前で呼べるのね

 

「ボクらも悪いことしてる訳じゃないし行こう」


 職員用の入り口前の廊下を通らないと昇降口まで行けないから

 このままだと上村先生と合うことになる


 上村先生は近付くわたしたちに、気付く気配もなくスマホをみてるようだった


「ひなちゃん先生。日曜出勤? 」


 火山さんが後ろから声を掛けると短く「キャッ」っと声を発して上村先生は肩をブルっと震わせた 



「ニコちゃんが突然話し掛けるから、上村先生驚いちゃったじゃん」 

「ごめんごめん。でも、そんな真剣にスマホ見てて彼氏さん? 」


 振り向きながら慌てたようにスマホをポケットにしまう上村先生


「あなた達か。逆に日曜に皆で揃って何してたの? 」

「勉強会だよ勉強会。ミズキに教えて貰ってたんだ。学校だと集中出来るからさ」

「テストが近い訳でもないのに偉いわね。先生は資料作りよ、17時までに主任の和田先生に出しとかないと怒られちゃうから」

「じゃあ。終わって今から帰りなんだ」

「そうよ。じゃ、明日また会いましょう。帰り気を付けなさいね」


 上村先生は外靴に履き替えて帰って行った


「ミズキ。何か、ひなちゃん先生。険しくなかった? デートが資料作りになって彼氏さんとの喧嘩RINEしてたとか」

「一瞬だけスマホ見えてしまったんだが……詳しくは分からない」

「大人は色々とあって面倒そうだなぁ」


 一ノ瀬さん言い淀んだ気がするけどRINEの喧嘩内容が実は読めちゃったとか


「じゃ。ボクとミズキは帰るね。また明日」  


 2人仲良く話しながら帰っていくけど、さっきの事とかお互いに気にしないのかな?

 もう、あれは喧嘩とかじゃなく、じゃれ合いなのね


「お父様との食事会ある。バイバイ」

「あ うん。バイバイ、気をつけてね」 

「じゃあね。エイル」


 ジャージ姿のまま歩いて行くエイルちゃん 部活帰りに見えなくもないけど運動部に入ってるエイルちゃんが想像出来ない 


「平地さん。このあと時間ある?」

「あるけど何で? 」 

「香水なくなって予約してたの取りに付合ってくれないかな。って」 

「別に良いけど場所は? 」 

「PARTO2の2階」  



 あらかじめ言ってほしかったよ。そしたらもっと、わたしなりにお洒落してきたのに

 ほとんど普段着みたいな格好でワンピの星宮さんと街中歩くのは星宮さんにも良くないよね


「でも、わたしこれだし」


 両腕を少し広げアハハと自嘲気味に笑ってみた


「どれだし。時間あるなら付合ってよ、行こ」 


 意味分かんない。と言いながら笑うと星宮さんは歩き出した


 はぁ もっと気合入れて来れば良かったよ。学校と家の往復だけだと思ってたから、近くのコンビニに行くようなジーンズに春用セーターで来ちゃった

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